- 著者
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宮本 結佳
- 出版者
- 環境社会学会
- 雑誌
- 環境社会学研究
- 巻号頁・発行日
- no.21, pp.41-55, 2015-12-25
近年,多様な建造物群や自然景観,歴史的景観を保存し,広く公開しようとする動きが活発化しており,その中でもとくに戦争,災害,公害,差別といった否定的記憶を伝承する負の歴史的遺産への関心が高まっている。歴史的遺産の中には多様な要素が含みこまれており,その中のどこに光をあてるのかを争点とする議論が活発化している。本稿では,差別をめぐる負の歴史的遺産であるハンセン病療養所を事例として取り上げ,この点について検討を行う。ハンセン病療養所をめぐる先行研究においてはこれまで「被害の語りが圧倒的に優位な立場を確立することで,そこに回収しきれない多様な語りが捨象されてしまう」点が問題として指摘されてきた。ハンセン病療養所の保存・公開においては「被害の語りが優位になる陰で捨象されがちな主体的営為をいかに伝えていくのか」が問われているのである。本稿では香川県高松市大島のハンセン病療養所における食をテーマとするアートプロジェクトを媒介とした保存・公開活動を事例として,この問いを検討した。活動の軸の1つである,大島を味わうことをテーマとしたカフェシヨルにおける取り組みの分析を通じ,そこでは楽しみを伴う主体的営為としての食をめぐる複数の生活実践が巧みに表象されており,従来捨象されがちであった入所者の多様な経験が継承されていることが明らかになった。人々によって紡ぎだされる物語が多様であることを鑑みれば,アートプロジェクトを含めたさまざまな手段を媒介として主体的営為を表出する取り組みを活発化させることが可能であると考えられる。