著者
伊藤 真
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.1296-1302, 2016

六世紀末頃の中国撰述と思われる『占察経』二巻は,今日では『地蔵十輪経』,『地蔵菩薩本願経』と共に代表的な地蔵経典とされている.従来この経典は,上巻で説く木輪相というサイコロ状のものを使った占い法と,それに続く懺悔滅罪の方法を主眼とする,地蔵信仰を利用した「いかがわしい」経典と目されてきた.しかし近年のいくつかの先行研究ではこの経典の構造や意図を見直す動きが見られ,本論考ではこの経典における地蔵菩薩の役割を改めて検討し,この経典全体のねらいを再考した.本経の上巻が説く木輪相による占いと懺悔の方法は,下巻が説く瞑想を行うための前提となっており,無相智を得て,一実境界に依止した堅固なる信解を確立するのが,五濁悪世において大乗を志向する者の目的とされている.末法の世の善根微少なる衆生には困難な道である.しかし地蔵菩薩はそのような遠大な修道論を説く一方で,修行者の疑念と怯弱なる心を癒すべく,自らの名号の誦念を何度も勧める.憂悩を取り除いて修行の道へ進むようにと,上下二巻,この経典全編を通じて要所要所で修行者を叱咤激励するのである.この経典は占察法,懺法,そして瞑想法と,それによって信解堅固に一実境界に安住するための一貫した修行道を説きつつ,その道に邁進できるようにと常に地蔵菩薩が救いの手を伸べる構造になっている.地蔵は『十輪経』以来,瞑想と,衆生済度の遠大な誓願と行とに深く結びついた菩薩である.六世紀末に中国で成った『占察経』という偽経は,木輪相といった一見突拍子もない占いを堂々と説く特異な経典であることは確かだが,全体として見れば,当時の人々が末法と見た時代にふさわしい,地蔵信仰に基づく救済論を説いていると言うこともできるだろう.

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