著者
飯島 敏文
出版者
大阪教育大学
雑誌
大阪教育大学紀要 第4部門 教育科学 (ISSN:03893472)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.1-13, 2007-09

第2次世界大戦終結後の占領期に形作られた法体系に関しては,戦後の半世紀以上にわたりその是非が議論されてきた。日本国憲法の制定から,社会科という一教科成立のレベルに至るまで,その形成プロセスに対する異論がある一方で,敗戦国としての自制を維持するのに効果的であるという論調も強かった。今般の国会勢力図は長年の懸案であったところの改憲問題,教育基本法改正問題をめぐる状況に変化をもたらし,連立与党の意向によって戦後の法制度を大きく変えることが可能になったのである。改憲手続きに関しては連立与党内でも意見の一致を見ないことから,すぐに実現することはないと思われるが,憲法改正に比して非常にハードルの低い教育基本法改正は,国会審議のプロセスに載せられ,改正が実現する運びとなったのである。2006年に教育基本法改正手続きが現実味を帯びてくると,主として左派勢力から教育基本法改正に対する強い反対意見が表明されるようになった。その主たる反対根拠は戦時下への回帰に対する危惧であり,「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンが教育基本法改正反対論者の旗印となった。一方政府与党内では,日本国内の治安の悪化とりわけ子どもの人格形成に関する危機感や,学力低下に対する危機感も高まっており,与党が国会で圧倒的多数を占めるこの時期の改正に非常に意欲的であると見られたのであった。本稿では,教育基本法の改正を取り上げて考察するものであるが,それはイデオロギーや法的な意味を解釈することに主眼を置くものではない。筆者が専攻している教科教育の授業実践においてさらには学校教育における指導において,旧来の教育基本法と新しい教育基本法の理念が現実にはどのような形で相違を生じさせるのかというレベルでこのたびの事態を考察したいのである。そもそも,子どもたちをどのような人間として育てるかという「善さ」の問題は法律レベルで十分に対応可能なものではないと考える。もっとも重要であるのは,法体系において理念として語られる「善さ」が真に学校現場の教育実践と結びついて機能するかどうかが問題なのである。子どもの成長に影響を与えるのは,教育基本法やその教育基本法の下で運営される学校教育に限定される問題ではない。家庭や地域社会・教師の資質などのレベルのみではなく,教師と家庭がいかに信頼関係を保ちつつ子どもの教育にたずさわることができるのかということによって,教育効果は全く異なるものとなるであろう。学校というストイックな空間と,現代の消費社会はその共存がかなり難しくなってきている。教育基本法の改正によって教育が連動的に改善されると考えている者は稀であろう。教育基本法の趣旨に添ったいかなる教育改革が必要であって,それはいかにして実現可能であるかを考察することなくしては教育基本法の改正は実効性を持たないであろう。改善可能であることと改善困難であることが何であるのか,また全般的な教育機能の回復にとっていかなる措置が追加されなければならないかという課題に関して,あくまで学校教育・教科教育のレベルで建設的な考察を行うことを本稿の目的としたいのである。

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