- 著者
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松本 彩
- 出版者
- 奈良大学文学部文化財学科
- 雑誌
- 文化財学報
- 巻号頁・発行日
- vol.6, pp.19-36, 1988-03
仏像光背は、仏身より発する光明を具体的に表現したものであり、仏像彫刻の一部として意味深い存在でもある。インドで聖者を示す光背が釈迦牟尼像にとりつけられて以来、インド、西域、中国、朝鮮と時代や地域を経て展開し、わが国には飛鳥時代に伝来する。そして、断続的な大陸との交流によってその様式を受容しつつも、わが国独自の発展を遂げてきた。このようなわが国光背の歴史のなかで、和様の大作といわれる藤原時代の平等院鳳鳳堂本尊・阿弥陀如来坐像の飛天光背は、日本仏像光背の一様式を築いた代表的遺品である。しかし、ほぼ同じこの時期、この光背の完成形ともいうべき平等院鳳鳳堂本尊光背の対局には、奈良地方を中心として製作された板光背と呼ばれる形式があり、これもまたわが国光背の研究の上では欠かすことのできない遺品群として注目される。そしてこの二つの光背様式は、以後の光背の形式に大きな影響を与えることとなる。本論ではこの二つの光背に着目し、その源流や成立、背景となる仏教史をもふまえながら、その展開について考察していきたいと思う。