著者
竹本 寛秋
出版者
kader0d
雑誌
kader0d
巻号頁・発行日
vol.6, pp.64-76, 2011-09

大正期に刊行される「詩の作り方」と明治期に刊行される「新体詩の作法書」を比較し、大正期に現れる「詩の作り方を教えることはできない」という言説の特徴を分析した。「詩は教授不可能」という言説により、「詩」は「心のままに書けばよい」もの、誰にでも作ることのできるものとされる一方で、詩人の特殊な「個性」なければ生み出すことができないとものとして定位される。その結果、「詩」が卓越化される様相を明らかにした。

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竹本寛秋「「詩の作り方を教へることは出来ません」 : 大正期「詩の作り方」が生成する「詩」概念についての一考察」『kader0d』6、2011年9月。https://t.co/ma6AOoJxnr
竹本寛秋「「詩の作り方を教へることは出来ません」 : 大正期「詩の作り方」が生成する「詩」概念についての一考察」『kader0d』6、2011年9月。https://t.co/ma6AOoro9j
竹本寛秋「「詩の作り方を教へることは出来ません」:大正期「詩の作り方」が生成する「詩」概念についての一考察」『kader0d』6、2011年9月。大正と明治の詩の作法書を比較しつつ、大正期に現れる「詩の作り方を教えることはできない」という言説の特徴を明らかにする試み。https://t.co/ma6AOoro9j

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