著者
大島 田人 八角 真
出版者
明治大学教養論集刊行会
雑誌
明治大学教養論集 (ISSN:03896005)
巻号頁・発行日
no.118, pp.p99-265, 1978

九州太宰府と京畿とを結すぶ、律令体制下の大路が〈山陽道〉であるのは周知の通りであるが、ここでは京阪神つまり神戸以西の国鉄山陽線を辿って鷗外の足跡を訊ねる、というほどの意味である。山陽路で最初に鷗外と関わりのある地は"姫路"である。記録では唯一度のようであるが、明治四十三年一月、軍医総監に就任後二度目の巡閲旅行の際、その帰途に公務を果たすため訪れている。日記には次のようにみえる。一月十三日(木)岡山を発して姫路に至る。宇多川に宿る。一月十四日(金)陰。安東中将貞美の家を訪ふ。松波資之の歌文の額あり。桑木厳翼は中将の女壻なりと云ふ。歩兵第二十九連隊、同第十連隊、騎兵・野砲兵の諸営を視る。一月十五日(土)半晴。懲治隊、監獄・衛戌病院を視る。

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