著者
武笠 俊一 MUKASA Shunichi
出版者
三重大学人文学部文化学科
雑誌
人文論叢 (ISSN:02897253)
巻号頁・発行日
no.28, pp.11-26, 2011

古事記崇神条にある大物主大神と生玉依姫の神婚譚は「三輪山型神話」の一つとして知られている。これは「針と糸」によって若者の正体を探った神話であるが、古事記はこの神話によってオオタタネコが神の子の子孫であることを説明したことになる。その証明は「説話的論理」によってなされていた。すなわち、「針が刺された」という記述は、神の衣に糸目の呪紋が付けられたことを意味し、この記述は二人が正式な結婚をしていたことを示唆していた。そして「麻糸が三輪だけ残った」ことは、ヒメの住む村が三輪山からはるか遠くにあったことを示していた。つまり、神は遠路を厭わず河内の国のイクタマヨリヒメの元に通われたことになる。この神婚神話は、三輪山の神が奈良盆地のあまたの女性たちではなく、河内の国の娘をもっとも深く愛したことを示し、それによってオオタタネコの一族が三輪山の神の祭祀権を持つ正統性を「説話的論理」によって証明しようとしたものである。ところが古事記の神婚諄には始祖説話と地名起源説話の相矛盾する二つの要素が混在している。「麻糸が三輪残った」という伝承は後者固有のものだから、この混乱は古事記編纂者による神話改作の事実を示唆している。さらに「三輪の糸」のエピソードからは、ヒメの住む村が高度な製糸織布技術を持つ地域であったことが推測される。もしそうなら、この神婚諄の舞台は、本来は土器生産の先進地であった河内南部ではなく奈良盆地南部の三輪山の麓の村であったことになる。つまり、三輪山の祭祀権だけでなく、この神話もまた河内の人々によって纂奪されていたのである。

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