著者
北郷 彩
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.13, pp.1-23, 2013

『トピカ』A 巻においてアリストテレスは,推論を用いた対話形式の議論を弁証術的推論として方法化することを試みている。本稿の狙いは,「共有見解」や「検証吟味」等のキーワードによってアリストテレス独自の仕方で特徴づけられる弁証術的推論が,そもそもいかなる技術として構想されているかを,各々の概念の分析を通じて考察することである。弁証術的推論は,共有見解を前提命題とする推論であることにおいて,他の種類の推論すなわち論証や詭弁的推論等から区別される。共有見解は多数の人によってそう思われることどもという仕方で,例えば厳密に真として確立された知識とは異なる次元で特徴づけられる。この特徴の故に弁証術的推論は,一つには特定の諸原理によって基礎づけられていない命題を扱うことができ,推論一般の規定に従って挙げられる推論の種類に幅を持たせている。もう一つには,弁証術的推論においては肯定と否定の命題対の双方が推論の前提命題の候補となることができ,その各々の推論の導く結果を検討することが可能である。これらの特徴の故に,命題の検証吟味という弁証術に固有の役割が実現する。すなわち,諸学問領域における原理は,その領域の第一のものであるが故に,領域の内部から検討を与えることが不可能であるが,共有見解に基づく弁証術的推論を用いるならばそうした個々の原理に属さない共有見解からそれらの原理について検討を加えることが可能となる。そうした検証吟味の方法化は,具体的には命題の確立と覆しの方法化によって実現が試みられる。命題の確立と覆しを論拠づける諸観点はトポスと呼ばれ,プレディカビリアと呼ばれる文-下位構成要素と,カテゴリーの分類の各々の特徴を基礎として構成されている。これらが成立条件を満たしているか否かを検討することによって,命題が適切に確立されているか,或いは覆されるべきかの検討が可能となる。

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