1 0 0 0 IR 露伴初期

著者
井波 律子
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 (ISSN:09150900)
巻号頁・発行日
no.16, pp.169-185, 1997-09

幸田露伴は一八六七年(慶応三年)、幕臣の家に生まれた。このため、明治維新を境に生家は没落、露伴は中学を中退して漢学塾に通った。この後、電信修技学校に入り、一八八五年(明治十八年)、電信技師として北海道の余市に赴任したが、二年足らずで東京にもどり、まもなく「露団々」で文壇にデビュー、職業作家となる。これを機に、放浪癖のある露伴は、原稿料が入ると旅に出かけるようになる。一種の異界志向が露伴を旅に駆り立て、その旅が次々に作品を生んだといえよう。 一八八九年(明治二十二年)の「風流仏」「対髑髏」から、「一口剣」「艶魔伝」を経て、一八九一年(明治二十四年)の「いさなとり」まで、露伴の初期作品群の鍵となるイメージは、「裏切る女」である。執拗に裏切る女を描きつづけた露伴は、「いさなとり」で、とうとう裏切る女を殺害する惨劇を描ききった。これ以後、露伴の作品の世界に、裏切る女はめったに登場しなくなる。その意味で、「いさなとり」は露伴の文学にエポックを劃する重要な作品にほかならない。本稿は、以上、旅のなかから生まれた露伴初期の作品世界の様相を、裏切る女のイメージを軸として、探ったものである。

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@yonda4 [露伴初期] 井波律子, 日本研究:国際日本文化研究センター紀要, 1997年 。 シンボリックな「殺戮」と読み込む論。 PDF: https://t.co/RiNUm529FX

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