- 著者
-
鈴木 淳
- 出版者
- 国文学研究資料館
- 雑誌
- 国文学研究資料館紀要 文学研究篇 (ISSN:18802230)
- 巻号頁・発行日
- no.33, pp.47-78, 2007-02
文化初期の成立と目される北尾政美画「隅田川楳屋図」彩色摺り一枚は、かつて『原色 浮世絵大百科事典』第七巻に、浅野秀剛氏により、簡略に紹介され、図版も掲出されたので、その概要はすでに知られていた。しかし、それ以外、本格的に報告されたことを聞かない、極稀な珍図である。板元名を欠くが、蔵版者としては、向島百花園の造園主の佐原鞠塢を想定するのが穏当である。画工は、北尾政美、号蕙斎で、絵の左上に「紹真写」とある。「紹真」の名は、政美が寛政六年、美作津山藩のお抱え絵師となってからの名号であるが、それ以前から彼は、浮絵や狩野派の屏風絵の手法を踏まえ、スケールの大きい俯譈撤的な風景版画というべきものを盛んに手掛けていた。本図もその一例に他ならない。本図の眼目は、向島百花園の開園当時の様子を隅田川の景観を共に描いたところにある。しかも風景はもとより、人物や建物なども描写が細かく、本図を子細に観察することによって、従来、あまり注意が向けられなかった、成立当初の百花園及び隅田川の形姿について、かなり明らかにすることができるのは、たいへん貴重である。いま本図から、文化初年当時の百花園及び隅田川両岸の様子についての読み取りを、標題及び絵の上方から下方へ、即ち西岸、隅田川、東岸の順に試みてみたい。さらに本図及び一枚摺り「角田川御遊覧の伝手」を踏まえ、百花園の水茶屋としての性格について、いささか卑見を述べることにしたい。