- 著者
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柿沼 美紀
畠山 仁
土田 あさみ
野瀬 出
- 出版者
- 日本獣医生命科学大学
- 雑誌
- 日本獣医生命科学大学研究報告 (ISSN:18827314)
- 巻号頁・発行日
- no.62, pp.68-75, 2013-12
飼育下にある大型類人猿の育児放棄は,母や育つ環境が影響していることが以前から報告されている。さらに育児放棄された個体はヒトが育てることになり,チンパンジーらしさが十分育たず,チンパンジーの群れに入れないという悪循環を繰り返してきた。近年,そういった負の連鎖を断ち切るためにさまざまな試みがなされるようになった。多摩動物公園では2008年に生まれた人工哺育個体(ジン,オス,GAIN識別番号0705)の群れ入りに成功している。 本研究では多摩動物公園で母親に育てられた7 個体の発達と群れ入り後のジンの行動を比較し,早期の環境剥奪が発達過程に及ぼす影響について検討した。ジンは群れ入り直後は他の個体に比べて,運動発達,認知発達,社会性発達に遅れが見られたが,いずれも半年後には改善していた。特に道具操作の発達は短時間で他の個体に追いついていた。一方,指しゃぶりや,肛門に指を差し込むなどの行動が観察されているが,日常生活に支障をもたらすものではなかった。大型類人猿の母子関係はヒトのそれと比較されてきた。本稿では,人工哺育個体の群れ適応の難しさや,適応の必要要件について取りあげ,ヒトの子育ての特性についても併せて考察した。