著者
東中須 恵子
出版者
呉大学看護学部
雑誌
看護学統合研究 (ISSN:13460692)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.59-63, 2009-03

鹿児島県初に設立された鹿児島県立鹿児島保養院(現姶良(あいら)病院)の創立50周年記念誌の閲覧,開設当初から勤務していた精神科医の回想談から,鹿児島県における精神医療と精神病者の取り扱いについてまとめた。鹿児島県における精神医療は,1923(大正12)年鹿児島県立鹿児島病院(現鹿児島大学医学部付属病院)に精神科が開設されたことに始まり,1924(大正13)年に29床で精神科分院の設立,1943(昭和18)年に姶良郡重富村平松(現在地)に150床で移転し現在に至っている。こうした流れは,昭和戦前・戦後の中で常に軍部との調整の中で展開されていた。しかし,離島や入院できない患者の処遇は悲惨であった。また,精神病者の取り扱いは警察で管轄していたが,1950(平成25)年,精神衛生法の施行によって入院治療が積極的に行われ,私設の精神病院が次々に建設されていった。入院治療は,非組織的な作業や,身体的ショック療法,ロボトミーが行われていたが,1955(昭和30)年初期の向精神薬の登場によって,薬物を中心とし作業療法や生活指導などの生活療法が積極的に行われた。

言及状況

Twitter (1 users, 1 posts, 0 favorites)

収集済み URL リスト