著者
青木 隆浩
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.205, pp.7-35, 2017-03

本研究では、近代日本の禁酒運動において、酒を用いる儀礼が案外大きな障壁となっていたことを明らかにし、その理由について考察していった。もともと飲酒のような道徳や生活習慣、教育に関わるようなことを法律で規制する機運が高まっていったのは、アメリカの影響による。だが、道徳や生活習慣を法律で規制しようとした場合には、その範囲や取り締まりの可否が問題となる。そして、未成年者飲酒禁止法案が一九〇一年に初めて提出されてから二一年間にわたって何度も否決され続けたのも、基本的にはその点が問題になっていたからである。議員や官僚たちには、法律にする以上はそれで社会を取り締まれなければならないという前提条件があったため、範囲や基準が曖昧にならざるを得ない道徳や生活習慣に関わることを具体的にどの程度まで取り締まるのかといったことが議論の中心になっていった。その中で、儀礼に用いる酒まで取り締まるか否かという点については、本音では日本を酒のない国にしたい禁酒派と、伝統的な慣習にまで法律で介入することや、儀礼に用いるようなアルコール度数の低い酒まで禁酒の対象にすることへ抵抗感を抱く反禁酒派の意見が常に衝突するところであった。結果的に禁酒派が議会でそこまで厳密に取り締まるつもりはないと発言し、そこに反禁酒派の失言が重なって、未成年者飲酒禁止法は制定された。しかし、一方で禁酒派は日本をさらに無酒国へと近づけたいという意思を、禁酒の対象を二五歳にまで引き上げる改正法案を国会に提出することで示した。こうした禁酒派の道徳や生活習慣に対する介入の拡大と規制の強化は、議会で強い抵抗を受けることになった。そして、禁酒派は改正法案提出後にかえって発言力を失っていったのである。

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