著者
村上 祥子
出版者
拓殖大学言語文化研究所
雑誌
拓殖大学語学研究 = Takushoku language studies (ISSN:13488384)
巻号頁・発行日
vol.137, pp.101-121, 2018-02-20

巫俗儀礼で巫堂が口承する「バリ公主」は,死霊祭で語られる女神の始祖物語である。内容は捨てられた七番目のバリ公主が,両親の病気を治すために薬水を求めて冒険,帰ってきて両親の病気を治癒し,家族と共に神として祀られる話である。ここでは次の二点を考察した。①「バリ公主」の内容は,世界的な英雄譚と共通の要素を持つことを八つの項目について考察し,一致することを確認した。この物語が死霊祭で語られるのは,死者が祖先神への転換のために必要な儀礼であり,祖先神は現在に生きる子孫の繁栄と平安を守ると信じたからである。②長く「バリ公主」が儒教の規範で規制されたにもかかわらず,消えることなく信仰されたのは,女性の力があったからである。儒教の世界観は人間が生きていく価値観と規範は教えたが,死への恐れやあの世への不安,現実の苦悩や苦痛について語ることはなかった。だから女性は儒教では語ることのない信仰を守ってきた。それを可能にしたのは,高麗時代から続いた輪回奉祀と男女均分相続である。輪回奉祀とは息子や娘が祖先の祭祀を交代で担当・挙行するものであり,朝鮮王朝時代も続いた。男女均分相続は内容的に変更点があるが,朝鮮王朝時代の『経国大典』(1485年)に男女均分相続すると記されている。女性は婚姻に関係なく個人の財産を持ち,運営に当たった。以上,「バリ公主」は英雄譚的要素をもち,祭祀権と経済的な権利を有する女性により,今日まで信仰の対象として継承されてきたといえる。

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