著者
田中 美保子
雑誌
東京女子大学紀要論集 (ISSN:04934350)
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.289-304, 2016-03-15

Lucy M. BostonのGreen Knoweシリーズは、Bostonが長年住んでいた、ケンブリッジ州セント・アイヴズ市近くのヘミングフォード・グレイ村にある大ウーズ川沿いの家で、イングランドで人が住み続けている最古の民家と言われているものを元に創られた想像上の館を舞台に書かれた全6巻からなるシリーズである。シリーズ全体が、非常に深いレベルで「宇宙に受け入れられる」感覚と、時の変化と死を受け入れることにまつわる物語になっている。そして、シリーズのどの作品においても、音と静寂が繊細で神秘的な効果をもたらしている。ともすればBostonの情景描写の巧みさに目がいくが、真に注目すべきは、それぞれの巻には独特のテーマがあり、文体や構成なども巻ごとにテーマ(あるいはBoston自身が語ろうとしているもの)に合わせて、随時、選択されていることである。作家の姿勢として、児童書に当然とされているものを拒み、幼い子ども読者にもかなり多くの理解力を要求する点も個性的である。第1巻The Children of Green Knowe (1954)では、「歓迎」と「帰郷」という奥深い物語と共に、時間と過去の世代という中心的テーマが語られる。そこでは複雑な時代模様が提示され、過去がさまざまな形で主人公の少年の周りを囲んでいる。また、その文体も、「音調詩」や「雰囲気語り」とでも命名したい独特のものである。第2巻The Chimneys of Green Knowe (1958)でも現在と過去の物語が語られるが、第1巻よりも物語は淡々と進む。「音」の小説であると言えると同時に、Bostonは、描写できないことを描写する言葉の使い方に文体上の挑戦を行い、イメージのないものを意識的にイメージして、見えない存在を言葉の絵画に塗りこめたような描き方を選択している。第3巻のThe River at Green Knowe (1959)では、Bostonは、三人の新しい人物を登場させることで、ふさわしくない場に無理矢理移住させられることへの問題意識を明らかにしている。また、この作品は「子どもであること」についての物語でもある。そこには、作家Bostonの、子どもという存在に対する飾りのない一貫した理解が表れている。Bostonは子どもたちと同じ地平に立つ同類なのである。同時に、この作品は、時間と宇宙の全体論的観点と、その中にいる子どもたちの位置を示しているとも言える。章立てをせず、大きな絵の中に描き込まれたエピソードのようにさまざまな事件が起きる。(次号に続く)

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