著者
伊藤 眞
出版者
慶應義塾大学出版会
雑誌
三田商学研究 (ISSN:0544571X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.4, pp.13-37, 2017-10

大庄過労死事件の判決における高裁の判断を争点ごとに要約したうえで, 対応するワタミと電通の想定される争点および法的判断について検討する。死亡前の実際の時間外労働時間は3件とも過労死認定基準を超えており, 長時間に及ぶ時間外労働と過労死との因果関係が認められ労災認定された。過労死の「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準」は専門検討会報告を基礎として定められ, 時間外労働が発症前1ヶ月間に100時間を超える場合, または発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月当たり80時間を超える場合, 業務と心臓疾患の発症との関連性が強いと判断されている。この認定基準を, 大庄事件において経験則として重視することに何らの問題もない, と大阪高裁は判断した。ワタミおよび電通の過労死に関しては「心理的負荷による精神障害の認定基準」が適用されるが, 同様に専門検討会報告を基礎として定められ, 経験則として重視することに何らの問題もないと解される。大庄では, 三六協定で定めた1ヶ月45時間を超える時間外労働が常態化し100時間超も少なくなかった。ワタミ久里浜店で美菜さんの141時間の時間外労働は三六協定の時間を遙かに超え, 電通でも12月の三六協定適用以前から深夜残業・休日残業が常態化し, その限度基準を超えていた。大庄事件判決で, 労災規定の脳・心臓疾患の認定基準につき「①現行基準発出以前から過重労働と心臓疾患との関係を一般社会が認識。②著名な訴訟事件につき過重労働と心臓疾患との関係を認める判例も積み重ねられている。③これら事件は一般にも報道されてきていた。④これらを踏まえ専門検討会報告に基づき厚生労働省により定められた現行認定基準が発出。⑤この発出から事故発生までに5 年以上が経過, 大庄にとっても十分認識可能な状況であった」と判断された。それゆえ, 大庄は労災認定基準をも考慮に入れ, 社員の長時間労働を抑制する措置をとることが要請されており, 長時間労働による災害から労働者を守るための適切な措置をとらないことによって災害が発生すれば, 安全配慮義務に違反したと評価されることは当然とされた。ワタミの過労死についても, 脳・心臓疾患および心理的負荷による精神障害等に関する現行認定基準を考慮に入れて, 社員の長時間労働を抑制する措置をとることが要請されているから, 「安全配慮義務に違反したと評価されることは当然である」という結論はそのまま当てはまる。電通の過労死についても, 1991年に入社2年目の男性社員が過重労働で自殺, 遺族が起こした裁判で2000年3月に最高裁が会社側の責任を認定したので, 認定基準について熟知していたにもかかわらず, 労働状況は変わっていなかったから, 「安全配慮義務に違反したと評価されることは当然である」という結論になる。大庄は, 社員の長時間労働の抑制のために, 社員の労働時間を把握し, 長時間労働の是正のための適切な措置をとっていたとは認められない, と判示された。ワタミも電通も同様である。ワタミの他店配属の美菜さん同期によれば「勤務時間は改竄している。店長もエリアマネージャーも知っている。休憩は1時間取っていることになっているが, 実際は店内が忙しく, 30分しか取ることができない。30分の休みの中で食事, トイレへ行く。そして, 12時間の労働が続く。よっぽどのタフな人でないと社員はできないと思う」状況であった。電通も, まつりさんの深夜残業・休日出勤の業務を私的情報収集・自己啓発などの名目で認めず, 残業申告時間は月70時間に収まっていて, 正確な実態を把握していなかった。専門検討会報告は, 心疾患発生の医学的機序が不明とされる事案においても長時間労働と災害との因果関係の蓋然性を認めるものであり, 多数の社員に長時間労働をさせていれば, そのような疾患が誰かには発生しうる蓋然性は予見できるから, 災害発生の予見可能性はあったと考えるべきと, 高裁は大庄に判示している。精神障害の労災認定基準に関する専門委員会報告書も長時間労働と災害との因果関係の蓋然性を認めるものであり, ワタミおよび電通の場合においても, 同様に災害発生の予見可能性はあったと考えるべきことになる。上記判断に基づき, 大庄において現実に全社的かつ恒常的に存在していた社員の長時間労働について, これを抑制する措置がとられていなかったことをもって安全配慮義務違反と判断された。この高裁の判断は, 同様にワタミと電通(まつりさんの場合, さらに直属上司の苛烈なパワハラがあり, セクハラもあった)にも当てはまる。大庄取締役らの責任についても, 高裁は, 従業員の多数が長時間労働に従事していることを認識あるいは極めて容易に認識し得たにもかかわらず, 会社にこれを放置させ是正するための措置をとらせていなかったことをもって善管注意義務違反があると判断。不法行為責任についても同断である, とした。また, 責任感のある誠実な経営者であれば自社の労働者の至高の法益である生命・健康を損なうことがないような体制を構築し, 長時間労働による過重労働を抑制する措置をとる義務があることは自明であり, この点の義務懈怠によって不幸にも労働者が死に至った場合は悪意または重過失が認められると判断。不法行為責任についても同断である, とした。ワタミおよび電通の取締役らについても, 損害賠償請求裁判の判決が出た場合には, 大庄の場合と同様に上記判断が示されることになると解される。それゆえ, ワタミは, 東京地裁において遺族の主張をすべて認める和解をせざるを得なかった。ワタミの認識と思考方法を見るため, 遺族との和解に至るまでの交渉過程を概観する。また, 電通和解の開示された内容を概観する。さらに, 3社の従業員の心得を概観し経営者の考え方を見てみる。論文

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こんな論文どうですか? 私的カフェ論(その6)(伊藤 眞),2017 https://t.co/UNuKTsikHJ 大庄過労死事件の判決における高裁の判断を争点ごとに要約したうえで, 対応するワタミと電通の想定される争点および法的判断について検討…
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