- 著者
-
栗原 健
- 出版者
- 中央大学人文科学研究所
- 雑誌
- 人文研紀要 (ISSN:02873877)
- 巻号頁・発行日
- no.84, pp.67-83, 2016
近世ヨーロッパを見舞った「小氷河期」と呼ばれる寒冷期は,嵐や洪水など多くの気象災害をもたらした。この気候変動に応えて16世紀後半のドイツに登場したのが,「嵐の説教」と呼ばれるルター派の説教文学である。この中で聖職者たちは民衆の疑問に対応して,気象現象は悪魔や魔女からではなく神から来ること,神は人を改心に導くため嵐や自然災害を用いることなどを,マルティン・ルター以来の神学伝統に基づいて説き聞かせている。彼らによれば,気象災害から逃れるためには人はまじないなどに頼るのではなく,改心して行いを改めるべきである。しかし,敬虔な信仰者であっても命が守られるとの保証はない。このため人々は神の慈愛を信頼し,自らの生死を神の手に委ねるよう勧められた。これらの講話は災害被災者に対するカウンセリングの先駆と言うべきものであり,環境危機の時代に住む現代人に対しても種々の示唆を与えてくれるものである。