- 著者
-
餅川 正雄
- 出版者
- 広島経済大学経済学会
- 雑誌
- 広島経済大学研究論集 = HUE journal of humanities, social and natural sciences (ISSN:03871444)
- 巻号頁・発行日
- vol.42, no.3, pp.29-50, 2020-03
「相続制度」は,死んでいった者が生前に所有していた財産を生きている者(配偶者や子など)へ移す仕組みであり,あらゆる社会制度の中で極めて重要な制度の一つである。しかし,死者(=被相続人)は,相続自体に関わることができないという冷酷な現実がある。そこで,法律を作ることで死者にも一定の範囲までは,遺産分配を支配できることを可能にした訳である。その最も簡単な方法が本論で考察する「遺言相続制度」である。我が国の民法第961条では,「15歳に達した者は遺言することができる」と規定している。そして,第963条で「遺言者は,遺言をする時においてその能力を有している必要がある」としている。この条文の「その能力」とは「遺言能力」のことであり,「意思能力」とされている。本研究で検討するのは,遺言相続における「自筆証書遺言」についての諸問題である。具体的には,次に示す三つの論点である。第一に「遺言者自身の『遺言能力』をどのように判断するのか?」という問題である。例えば,医師に認知症の疑いやその他の精神疾患があると診断されている場合などに,遺言能力をどのように判断するのかという問題がある。筆者は,精神能力(=意思能力)の有無は,医学的な観点から形式的・画一的に判断するものではなく,あくまでも法的な立場から遺言内容の難易を考慮して判断すべきであると考えている。第二に遺言書で「遺言執行者を指定した場合」の問題を考察する。2018(平成30)年の民法改正によって遺言執行者の権限が明確になった訳であるが,「遺産分割協議において相続人全員と受遺者が遺言書の趣旨に反する合意をして遺産分割をしたが,遺言執行者がそれに同意しなかった場合どうなるのか?」という問題がある。このケースでは見解が分かれており,その遺産分割は「同意がなければ無効である」という見解と「同意がなくとも有効である」という見解がある。筆者は「無効である」という見解を支持する。その理由は,無効であるとしなければ,遺言執行者を指定したこと(=遺言者の意思)が無意味になるからである。第三に「遺言書の一部を自書していて一部を他人に書いてもらっている場合,どう判断するのか?」という問題である。筆者は,「遺言全体のウェート説」を支持する。他人が書いた部分が付随的なものであり,その部分を除外しても遺言の趣旨が十分に表現されているものであれば「自筆証書遺言」として有効なものと判断してよいと考えるからである。1.はじめに 1.1遺言相続制度の意義 1.2問題意識 1.3研究の前提 1.4筆者の立場 2.遺言書の作成状況 2.1自筆証書遺言の方式緩和 2.2遺言能力の判断規準 2.2.1民法における遺言能力に関する規定 2.2.2医学的な観点からの遺言能力の判断 2.2.3法的な観点からの遺言能力の判断 2.2.4学説における遺言能力の判断 2.2.5判例における遺言能力の判断 2.3具体的な遺言事項 3.遺言の執行に関する考察 3.1遺言執行者の指定 3.2民法の改正による遺言執行者の権限の明確化 3.2.1遺言執行者を指定するメリットとデメリット 3.2.2遺言執行者の権限の明確化 4.自筆証書遺言の作成に関する考察 4.1自筆証書遺言の長所 4.2自筆証書遺言の短所 4.2.1遺言書の全文を自書 4.2.2添え手による自書の有効性 4.2.3日付・氏名の記載と押印 4.3自筆証書遺言かどうかの判断 4.4遺言内容の加除訂正 4.5自筆証書遺言の作成件数 5.遺産分割方法の指定と相続分の指定 5.1遺産分割方法を指定する遺言書の例 5.2相続分を指定する遺言書の例 5.3共同遺言に該当しない例 6.おわりに