- 著者
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尾留川 方孝
- 出版者
- 中央大学人文科学研究所
- 雑誌
- 人文研紀要 (ISSN:02873877)
- 巻号頁・発行日
- no.97, pp.27-54, 2020-09-30
『日本書紀』神代巻が、本文に複数の一書を加えるという特徴的構成になった理由について、根底にある観念や認識から考察する。『日本書紀』は複数ある帝紀・旧辞の正誤を判断し取捨選択し、国家の基礎とすべき「正しい」ものを残すことが、編纂の動機であった。したがって、神代紀に複数記される一書は、たとえ資料の姿をとどめていたとしても、すでに取捨選択の結果「正しい」と判断されたものである。ところで崇神紀で象徴的に記されているように、神の意思は再現せず一定しない。神は、いわば自己同一性が成立していないと言いうる存在であり、収束する単一の「正しい」内容は想定しえない。『日本書紀』の編纂者の根底には、不足する情報をも集め合わせて「全体」を記述すべきという観念もあるので、神が「不測」であることをあらわすためには、矛盾する複数の説をも併記することが必要とされた。だからこそ『日本書紀』神代巻は本文と一書を併記する構成となったのである。