著者
上野 祥史
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 = Bulletin of the National Museum of Japanese History (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
vol.217, pp.291-317, 2019-09

器物を媒介とした政治関係は,分与者の視点で語られる傾向が強い。器物の価値を自明とする意識を相対化し,分与者および受領者が価値を認識する場やプロセスに注目した検討が求められる。朝鮮半島南部の出土鏡は,その問題をもっとも先鋭化させ鮮明にする資料である。本論では,古墳時代と並行する三国時代において,朝鮮半島南部が保有した鏡をもとに,その入手経緯を整理し,倭王権が鏡分与を通じて企図した秩序とその構造を検討することで,倭韓の交渉の実態を描出しようと試みた。まず,朝鮮半島南部出土鏡の概要を整理し,中国での鏡の保有状況と日本列島での鏡の保有状況を対照して,中国鏡と倭鏡の流入プロセスを検討した。中国鏡の流入は,倭韓が対中国交渉を共有し,相互に関係をもちつつも独立した交渉を進め個別に入手したものとして理解することを提案した。倭鏡では,王権からの直接分与か二次流通を介した間接分与かを,価値の認識という視点で検討した。間接分与でも王権が意図した秩序は機能すること,日本列島内部でも間接分与がみえることから,倭王権が意図した秩序は,直接分与に限定しない柔軟な,拡大の可能性を内包する秩序であることを示した。朝鮮半島南部の倭鏡は,北部九州を介した間接分与(二次流通)が想定できることを指摘した。倭韓の交渉の実態を詳述するとともに,鏡を媒介とした秩序が,絶対基準を強く意識しすぎること,分与者と受領者の相互承認を強調しすぎることを改めて指摘し,第三者の認識を可能にする装置としての意義も考える必要があること,朝鮮半島南部の帯金式甲冑や鏡にはそうした機能が期待されたことを示した。

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