- 著者
-
和田 充弘
Mitsuhiro Wada
- 出版者
- 同志社大学日本語・日本文化教育センター
- 雑誌
- 同志社大学日本語・日本文化研究 = Bulletin of Center for Japanese Language and Culture (ISSN:21868816)
- 巻号頁・発行日
- no.18, pp.1-20, 2021-03
享保期においては、吉宗の教化政策だけでなく、民間でも生活防衛の観点から教化活動が行われ、石田梅岩の『都鄙問答』『倹約斉家論』や佚斎樗山の『田舎荘子』といった教訓書が作られた。そのうち『田舎荘子』は談義本の初期の段階に位置づけられ、これに類似する作品がその後数多く登場した。こうした系譜に属するのが、大坂の町人学者であると思われる田中友水子である。友水子の作品の一つに、寛保二年(一七四二)頃の成立が推定できる『世間銭神論』がある。本書は中国西晋の『銭神論』の存在を念頭に置き、金銭というきわめて現実的な話題をテーマに掲げている点で、特異な性格を有している。その内容をみてゆくと、梅岩からは儒教的な仁愛の社会的な実現と利得を追求する過程との両立が、樗山からは老荘的な天地の造化に従う生き方が引き継がれるが、両者が異なる形で重視した強固な心の自覚が欠けている。『銭神論』が銭の万能を説きながら、拝金主義の世相と共に金銭の存在を否定的に捉えていた点もみられない。金銭の流通と仁愛との一致を大きな柱とした上で、倹約、勤勉といった道徳、それに知恵や才覚を用いながら、人々が自力で生活を維持しさらに向上させてゆく可能性を説くところに『世間銭神論』の特徴が見いだせる。またその内容は『商売往来』と共通するところも多く、そうしたことが庶民教育と戯作文学や町人文化との間における、接点の所在を示唆しているのではないか。研究論文(Article)