- 著者
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弘中 満太郎
針山 孝彦
- 出版者
- 日本応用動物昆虫学会
- 雑誌
- 日本応用動物昆虫学会誌 (ISSN:00214914)
- 巻号頁・発行日
- vol.53, no.4, pp.135-145, 2009
- 被引用文献数
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昆虫はその生活の中で、餌、交尾相手、巣、新たな生息場所など、様々な目標に向かって定位する。この行動を目標定位というが、なかでも視覚情報を用いるものを視覚定位と呼ぶ。視覚定位行動を引き起こすキュー(手がかり)は、昆虫の視覚器である複眼と単眼によって受容される。昆虫は周囲の環境にあるどのような視覚キューを受け取ることで、視覚定位を成り立たせているのだろうか。定位におけるキューの重要な要素の1つは、空間内における目標とキューとの位置関係である。また、視覚における色、形、光強度、偏光といった様々な感覚の質も、キューを特徴づける要素である。キューがどのような要素の集まりであるのかを分類することで、昆虫がどのようなメカニズムで視覚定位を成し遂げ、なぜそのキューを利用するのかを適応的な観点から理解することが可能になる。加えて、自然環境下で昆虫がなぜ人工光に誘引されたり人工光を忌避したりするのか、という応用的問題についても理解を進めることができるであろう。害虫の行動制御あるいは絶滅が危惧される昆虫の保全という観点から、人工光に対する昆虫の反応は近年注目を集めているが、その定位メカニズムや機能はよくわかっていない。現状は、光への誘引や忌避という現象の一部がクローズアップされているのみである。これは昆虫の光に対する定位行動がヒトのそれと異なり、また多様で複雑であることが原因なのかもしれない。本総説では、昆虫の視覚定位をキューの違いによって分類することで概観する。そしてその分類に立脚した視点から人工光への昆虫の定位反応をみることで、昆虫の視覚定位のメカニズムと機能の理解を深めたい。