- 著者
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弘中 満太郎
針山 孝彦
- 出版者
- 日本応用動物昆虫学会
- 雑誌
- 日本応用動物昆虫学会誌 (ISSN:00214914)
- 巻号頁・発行日
- vol.58, no.2, pp.93-109, 2014
- 被引用文献数
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"飛んで火に入る夏の虫"という諺は,灯火の魅力に抗えずに身を滅ぼしてしまう昆虫の光に対する行動の定型性に事寄せている。この諺は,7世紀の中国で書かれた梁書の到漑伝のなかの「如飛蛾之赴火(飛蛾の火に赴くが如くして)」が由来とされており(後藤ら,1963),今から1400年前には既に,昆虫の走光性を顕著な生物現象として人々が捉えていたことがわかる。昆虫の走光性は,さまざまな芸術的表現においてモチーフともされてきた。自然科学者でもあったゲーテ(J. W. von Goethe)は,西東詩集のなかの詩文「昇天のあこがれ Selige Sehnsucht」で,「おまえはどんな距りにもさまたげられず 呪われたように飛んでゆく ついに光をもとめて蛾よおまえは 火にとびこんで身を焼いてしまう」と,蛾の走光性を詠んだ(井上,1966)。速水御舟は,炎に身を焦がす蛾を幻想的に描いた「炎舞」を残した。走光性の特徴は,昆虫の和名にも表されている。ヒトリガ科のガ類の名の由来は,江戸時代にさかのぼる。行灯の灯明を消す蛾を,火を盗みに来た虫に人々は見立て,火取蛾,火盗蛾と名付けた。テントウムシ科のコウチュウ類は,太陽に向かうような定位行動を由来として天道虫と名付けられたとされる。このように古くから人々は,昆虫の光に引き寄せられる性質を,他の動物にはない強い定型性を示す不思議な現象として興味をかき立てられてきたのである。そして現代でも,「蛾の火に赴くが如し」という言い回しが使われるほどに,昆虫の走光性は我々の身近にある。しかし,これほど身近な現象であるにもかかわらず,昆虫がいったいどのような行動メカニズムで光に集まるのか,それがどのような適応的意義をもつのか,については,実は,いまだ十分に明らかになっていない。昆虫の走光性が謎の行動であることは,あまり知られていないといえる。