著者
安藤 万寿男
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.31, no.9, pp.536-547, 1958

ここでいう近郊農業とは近接する都市の市場に農産物を出荷するうえに距離的に有利な交通地位を占め,地代高く,かつ狭い耕地を集約的に利用して営む農業をいう.この近郊農業の一部門としての果樹作を一般的果樹であるりんご,みかんにつき主として名古屋市近郊で検討した結果,次のことがいえる.<br> (1) 都市近郊の果樹作は遠郊のそれに比し輸送費の点で有利である.しかし,現在の輸送技術では包装荷造費の占める割合が高く都市近郊にとくに著しいので,都市近郊がこの包装荷造費の点で節約できるとその有利性は格段と高くなる.包装荷造の完全さの要請は果実の性質とともに市場機構と大きな関連がある.<br> (2) 出荷組織の上では出荷に利用しうるオート三輪の個人農家への普及利用が著しく,このことと市場に関する知識の普及と相まつて共同の団結がくずれた場合は個入出荷に傾き易い.しかし,中間に商人が介在することはほとんどない.<br> (3) 日本は全体として果樹作の規模が零細であるが,都市近郊でも例外ではなく,むしろ著しい.部落の農業組織や果樹の出荷形態において,専業と兼業との間に分化の傾向が認められ,専業は果樹の種類・品種・生産資材などでより集約的である.<br> (4) 生産資材の上で都市の下肥と果樹との関係は認められないが,塵埃は有機質肥料の供給源に乏しい近郊では遠郊に比し豊富かつ安価に入手しうる.他の生産資材の購入場所は名古屋市よりはむしろ背後に町村との関連が濃い.<br> (5) 労働力雇傭の上では都市の雇傭力と競合する点で不利ではあるが,背後の農村や遠方の農村から供給される.その賃金の地域差は全国的視野からみた僻遠の地に比較すれば格段の差があるが,愛知県内相互程度の範囲では大きくない.<br> (6) 都市の膨張につれて,都市発展の前線では地価が高騰し果樹園の増加は遮げられる.この宅地化の具体的な進行は土地の地目・肥沃・度所有権が関興するが都市化がより進行すれば園の潰廃も起る.<br> (7) みかん・りんごのような一般的かつ代表的な果樹作を例にとつてみても,大都市近郊には果樹作を中心とした特色ある近郊農業の経営形態が展開することが認められる.果樹作が一般に高度の集約度をもつ関係もあつて,都市近郊の果樹作の生産上の集約度はとくに高くないが,流通部門の集約度は高く,総じて流通部門にその特色をもつ.この経営形態が展開する地域は疏菜の場合よりは広く,現在の交通輸送技術の段階では名古屋の場合に名古屋市を中心として30~40粁の範囲をその地域とみたしうる.

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