著者
田中 吉郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.15, no.10, pp.784-797, 1939-10-01 (Released:2008-12-24)

The method herein described is based on the principle of shading by oblique illumination. In working out this new method, however, the author investigated theoretically the intensity of light and shade or the configuration of brightness on a surface, and found a way of correctly representing on a map the brightness thus determined, justifying his view that the reasoning of the investigation should be based on realities, and that the method of drawing should be as scien-tific as possible, so that the resulting map may be exact and true to nature. The process of drawing may be explained with the aid of Fig. 3. The ground is first tinted grey, the contours in the light are then drawn in white, and those in the shade in black. The breadth of the contours, however, varies with the cosine of the angle θ between the horizontal direction of the incident ray and the normal to the contour at the point under consideration. It is shown that the configuration of brightness of the two cases, namely, the actual surface and the map, will resemble each other very closely, if the maximum breadth of the contours may be determined theoretically in terms of the brightness of the ground and of the contours. The advantages of the proposed method are: 1. The method gives a remarkable effect of relief. 2. The process of drawing is simple and scientific, and involves no ambiguity. 3. The maps afford at a glance a clear idea of the minor featuies, no matter how complicated, they may be, to say nothing of the general character of the country.
著者
田中 吉郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.15, no.9, pp.655-671, 1939-09-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
4
被引用文献数
3 1
著者
田口 雄作 吉川 清志
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.56, no.11, pp.769-779, 1983-11-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11
被引用文献数
1 1

1981年8月24日午前2時12分頃,利根川支流小貝川の左岸堤防が,台風8115号のもたらした降水による増水のため,茨城県竜ヶ崎市内で決壊した.冠水域は竜ヶ崎市を中心に,約3,300haに及んだ. 筆者らは,冠水域内の165地点の標高点において,洪水痕跡から浸水流の最高水面標高の測定を行なった.また,氾濫時に撮影された空中写真の判読等によって検討を加えた結果,浸水流の挙動に関し,次のような知見を得た. (1) 浸水流は北上流,直進流,南下流の3つの主要な流下方向を有していた.このうち,最も水勢が強く,浸水流の主流となったのは南下流であった. (2) 浸水流は水勢の強い時には,地表面の起伏にあまり支配されずに直進するが,流心から離れるに従って,あるいは水勢が弱まるに従って,地表の低まりに追従する. (3) 論所排水は,洪水排水総量は多かったかもしれないが,浸水流の主要な流路ではなかった. (4) 江戸時代に築かれた内堤防の存在の有無が,今回の冠水域の拡大に,大きな影響を及ぼした. (5) 古文書など諸資料から,経験的な土地利用,防災対策を読み取り,活用することは,現代社会にとっても大いに重要である.
著者
市川 正巳
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.112-121, 1960-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
16

狩野川台風に伴う豪雨によつて,狩野川上流地域に多くの山地崩壊が発生した.その分布密度の高い地域は,総雨量550~700mmの地域,とくに9月26日20-23時の降雨量分布にきわめてよく一致し,同種の岩石で占められる地域においても,雨量の多い地域にとくに崩壊が密集している.このことから,今次の狩野川上流域の山地崩壊は全く雨量型崩壊といえる.従来の研究では,崩壊した物質が, 1度の出水では100mの短距離運搬されるに過ぎないことが知られている.しかし,大見川上流筏場の軽石質砂礫層の大崩壊では,崩壊物質の98%が1度の洪水で数10km下流に流出したことが,原土と下流の洪水堆積物との比較によつて知ることができた. 洪水によつてどこに河岸の侵蝕と河床の堆積が発生するかは,そこの地形的特徴によつて決定することができる.すなわち,侵蝕堆積の地点における川幅と谷幅との比と,河床勾配との関係は第6図のようで,川幅/谷幅の比が大であつても,河床勾配が小であれば,その地点の河床に堆積が生じ,両者の比が小であつても河床勾配が大きい地点には侵蝕が発生する.このことから,ある地点の河床勾配に対応した川幅/谷幅の比を求めることができるので,洪水対策に重要な示さを与えることができるであろう.
著者
菊地 光秋
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.184-189, 1960-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
2
被引用文献数
1

狩野川台風による東京地方の水害地域は,水害型と地形の上から, (A) 東部および東南部のデルタ地帯, (B) 西部の武蔵野台地上の地域に2大別される. (B) 地域はさらに3分され, (1) 武蔵野台地上に水源を持つて,台地上を貫流している白子川・石神井川・妙正寺川・桃園川・善福寺川・旧神田上水など,荒川水系の谷とその沿岸地域, (2) 排水溝幹線として利用されている灌漑用水路および元灌漑用水路の沿岸地域, (3) 武蔵野台地上に点在する窪地の湛水による浸水地域で,水路に沿つていない地域とすることができる.東京地方西部の台地上の水害では,山岳部に雨量が少なく,平野部に豪雨が集中したために,中小河川の氾濫が目立つて多く,また窪地の浸水が多かつた.東京西部の市街地における家屋密度の増大と,西部の近郊農村の住宅地域化は,近年目立つて大きくなつている.この住宅地域の拡張と,下水溝および排水路としての中小河川対策が,平行して行われていないため,豪雨の影響をうけて被害が大きかつた.東京西部の台地上における多数の浸水家屋のうち,新築住宅の被つた水害の多いのもいちじるしい特色である.
著者
松原 宏
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.165-183, 1982-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
19
被引用文献数
7 3

本稿では,私鉄資本による代表的な大規模住宅地開発である東急多摩田園都市をとりあげ,その形成過程や特徴に,開発主体である東急の動向がいかに具現化しているかをみた.その結果は以下の点に要約できる. (1) 東急主導の土地区画整理手法.この手法により東急は,少量で分散した土地買収状態でも,新線沿線の広域的開発を主導できた.しかも事業を代行することにより,新たに保留地を安価で大量に取得することが可能となった. (2) 人口定着策としての高密度開発.私鉄資本ゆえに新線の収益性を無視することはできない.そこで,東急は高密度開発を進めたが,一方で社会資本の不足を激化させることになった. (3) 遠隔地からの住宅地形成.東急は新線沿線各所に土地を所有していたため,地価上昇を見込んで遠隔地から分譲するという傾向がみられた. (4) アンバランスな土地利用の混在.東急は高級な一戸建住宅や分譲マンションを,地元地主は独身寮や賃貸マンションを建設したため,土地利用は無計画なものとなった.
著者
鏡味 完二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1-14, 1952-01-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
23

There are many different nominations of mountains in Japan. The author picked up here only the last syllables of the mountain-name. He count, ed More than seventy sorts all in Japan. Among them, “-yama”, “-také”, “-mori”, “-miné”, these four sorts of calling are definitely more frequent than the others. Hence he took in this paper the distribution and meaning oof these four suffixes. This study consists of two parts, the one is title significance and history of these four sorts, and the other is the historical geography of their distribution and meanings. . They are described as follows. “Yama” is the name that has existed from the ancient time throughout the history of the Yamato race. It distributes widely all over the country and are attached to the highest Mountains as Fujino-yama as well as to the lowest hills as are seen everywher. “-Miné” has long a history as “-yama”, since the earliest time of the Yamato race. Many of these names are found in the famous poetical works, such as Mannyo-shyû. But now “-mine” has become less common because it changed its conceptionn into the meaning of mountain-ridge or tower-shaped peak. It does not distribute so widely as “yama” in the whole country, but is found rather densely is the districts that indicate the past Yamato race's domain and decreases in the marginal areas. “Také” is later in its history of development than “-mine”, but its distribution covers the whole country. It may be remarked that “-také” has a linguistic influence from continent. This development of “-také” was taken in the period of Nara dynasty. Having no distribution within the district of “-miné” and “-sen” (“-sen was existed from ancient times as “-miné”), “-také” has a blank area in the district of “-mine” and “-sen”. (Fig. 4) This district coincides with the area of the earlier period of Yamato dynasty. (Fig. 10) And “-také” is found on the rocky mountain. “-Mori” has its origin in Ainu and Korean languages, perhaps the former influence was more definite. These names are almost found on the round topped peaks, and its distribution, according to the Law of Baxter, is made up from three districts as no distribution area in the centre, “-mori-yama” region in the intermediary, and “-mori” region in the outer part of Japan.
著者
村田 陽平
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.75, no.13, pp.813-830, 2002-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
45
被引用文献数
2 2

本稿の目的は,従来の地理学ではほとんど検討されてこなかったセクシュアリティの視点に注目して,公共空間における男性という性別の意味を解明することである.日本のセクシュアルマイノリティの言説資料を基に,「外見の性」という性別に関わる概念を分析軸として検討する.まず「外見の性」が現代の公共空間といかに関連しているのかを考察する.次に,男性の「外見の性」に意味付けられる女性への抑圧性を検討し,その意味付けを行っている主体は,女性のみならず男性でもあることを示す.そして,公共空間における男性という性別は,「外見の性」が男性である状態を意味することを明らかにする.この知見は,日本における「女性専用空間」の意味を考える上で有意なものである.
著者
阿部 康久 高木 彰彦
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.4, pp.228-242, 2005-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
18
被引用文献数
1

衆議院への新選挙制度の導入によって,個人後援会に代表される国会議員の政治組織が,空間的にどのような変容を遂げつつあるのかを長崎県を事例として検討した.並立制導入以降も,議員の多くは,新選挙区から外れた地区においても政治活動を行い,中選挙区時代の後援会組織を,基本的には維持している.その要因として,選挙区外の支持者であっても,選挙の際には支援を受けられるという点があるが,中選挙区時代の区割りが,現在でも議員や後援者の意識に,強い影響力を有しているという側面も指摘できる.これに対して,現在の選挙区が,交通アクセスが悪い諸地域から成り立っているところでは,中選挙区時代の後援会組織を維持することに消極的である.また,衆院から参院議員や知事に鞍替えした議員は,広大な選挙区をカバーする後援会組織を作ることが難しく,その空間的範囲は,衆院時代のものに限定されている.党派別に見ると,与党系の議員は,自前の後援会組織だけでなく,党所属の地方議員や支持団体からも支援を受けられるのに対して,保守系野党議員は,このような支援を受けにくく,従来の後援会組織に集票活動を依存する傾向が強くなっている.
著者
斎藤 叶吉
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.32, no.8, pp.432-442, 1959-08-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11

福島盆地について桑園減少と果樹園増加の傾向,両者の関係,各地域の内部構造について調査した.その主な結果は次のごとくである. 桑園増加は1920年頃まで行われ,その後は停滞か減少をつづけた.これは暖地の桑園増加におされた結果である. 1929年以降の桑園増減形式では,南部は戦後も残存が多いが,減少をつづける型,東部も残存多く,最近やや増加傾向を示す型,その他の地域には減少をつづける型があらわれる. 桑園は根刈か中刈が多いが,ここは兼用桑園の北限にあるため,根刈は葉が軟弱となり,能率が悪い.交互抜採の中刈桑園がよい. 盆地の桑園は現在,梁川付近の阿武隈川氾濫原に多いが,県全体の分布中心地は,その西の阿武隈山麓丘陵地にある.福島県の桑園分布の中心は東に動いた形勢がある. 果樹園の増加は各果樹の古くからの中心地から周辺に広がつた形をとつている. 1929年以降の増加傾向をみると,最大の増加地域は盆地の中央部にあらわれ,西部から西北部がそれについでいる.これらは桑園減少の大きい地域と一致する.未結果果樹園の分布も果樹園増加傾向と似ているから,現在福島盆地にみられる地域分化は,今後いつそう深められそうな状況がうかがえる. 最初りんごは水田,梨は開墾畑,桃は河畔や丘陵の畑に入つたが,戦後,りんごは水田・普通畑・桃畑,梨は普通畑,桃は桑畑と開墾畑に多く入る.農業統計からみると,盆地中央部の果樹地域では水田と桑園が果樹園化し,その他は桑園からであるが,桑園の減少した面積を果樹園と普通畑,ときには水田も加わつて,地域ごとに異なる割合でで蚕食している.開墾畑の果樹園化も考えられる. 藤田・保原・福島・微温湯を結ぶ線は,果樹作と他の形の農業との競合線にあたる.その線の内外で農業目標を異にし,内部溝造にも影響がおよんでいる. 盆地は農業の地域分化が明らかである.未結果果樹園率からみて,甲府盆地・長野盆地ほど果樹園化が活発でなさそうに思えるから,この地域分化は当分の間存続しそうである.

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出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.28-32, 1947-06-15 (Released:2008-12-24)
著者
須山 聡
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.76, no.13, pp.957-978, 2003-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
52
被引用文献数
1 1

本稿は富山県井波町の瑞泉寺門前町の景観を分析し,井波彫刻業が景観形成に果たしな役割を明らかにする.彫刻業者は,1970年代半ば以降門前町に進出し,近世末から近代にかけての商家建築を借り,作業風景や作品が外部から見える工房を意図的に作った.伝統的な彫刻と伝統的な建築物との組合せを,歴史的背景を知らない観光客は,「伝統」的景観と理解するが,両者は歴史的に関連を持たない.ゴッフマンの劇場理論を用いた分析から,門前町には観光と工業の二つの舞台が併存することが明らかになった.前者は「伝統」を,後者は生産をテーマとし,いずれにおいても彫刻業者が主役を演ずる.「伝統」テーマを期待した観光客は,彫刻業者が生産をテーマとしていることを理解しようとせず,彫刻業をアトラクションとして楽しむ.行政・地域社会は,彫刻業を利用した街路の修景などで,舞台を「伝統」テーマに沿って演出した.彫刻業者は工業の舞台にあり続けながら,行政・地域社会が演出した観光地の景観を経営資源として利用している.門前町の景観は,異なる景観形成主体によって演出された舞台の二重構造によって形成された.
著者
清水 克志
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.81, no.1, pp.1-24, 2008-01-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
54
被引用文献数
1 1

本稿はキャベツ (甘藍) を事例に, 日本における外来野菜の生産地域が明治後期から昭和戦前期にかけて成立する過程を, 食習慣の定着と関わらせて考察することを目的とした. 明治前期に導入されたキャベツは, すぐには普及しなかった. 明治中・後期に, 都市の知識人がキャベツの新たな調理法を考案し, 大正期以降, その調理法が婦人雑誌や新聞で紹介された. また軍隊や学校給食などでキャベツがいち早く利用され, 都市住民の間でキャベツ食習慣の定着がみられた. 一方, 岩手県盛岡市などの各地の民間育種家は, 個々の地域の自然条件に適した作型であることに加え, 都市住民の嗜好に合致する国産品種を育成し, 生産地域の成立を促した. その結果, 長距離輸送が可能なキャベツは, 収穫期の異なる複数の生産地域から, 都市へ周年的に供給されるようになった. このことは, 外来野菜の生産地域の成立が, 食習慣の定着と密接に結びついて展開したことを示している.
著者
伊賀 聖屋
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.80, no.6, pp.361-381, 2007-05-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
31
被引用文献数
1 3

本稿は, 地場の味噌製造業者A・B社が使用する良質な原料農産物に着目し, その質の構築過程を「概念化」・「物質化」・「維持」の観点から考察した. 結果, 以下の点が明らかとなった. (1) A・B社原料の質は, 主に各社が食の安全に敏感な人々との交渉の中で, 原料の具体的生産・調達条件を規定することにより概念化された. (2) 概念化された質の物質化に向け, 各社はそれへの同意を得やすい農家に対し積極的アプローチを行った. その際に形成された各社ネットワークは, 原料の規定条件により異なる空間的発展様式を見せた. (3) 各社原料の質は, 各社が原料生産者に対し質の妥当性を再検討する場や原料生産の技術的支援体制を整備する一方, 消費者に対し原料生産に関わる情報を的確に伝達することで維持される. (4) 上の過程において各社は, 地元外の原料生産者や消費者とも戦略的に結びつきを強めたが, 接触手段・頻度の向上を図ることでその地理的関係を調整していた.
著者
谷津 栄寿
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.43-46, 1965-01-01 (Released:2008-12-24)
被引用文献数
1

誰かがある問題を指摘すると,それを一体どのようにして解決するのか,どのように取りくむべきかなど質問し,自分みずから考えようとしない大学院め学生達があることには驚愕した.ロックコントロールの問題が,等閑にされていないだろうかと発言したため,筆者は返答に多くの時間をさかねばならなかった.思想はみずから育てあげるべきである.本稿では世界的にあまりにも有名な人々に対して反論を試み,彼等の研究方法において到達できるであろう限界を示し,ロックコントロール理論の一つの研究方法を述べた.要は,地形をつくっている地表物質の物性の理解の仕方なのである.多くの読者からの,非難と批判とを覚悟して,筆者の意見をのべることにした.
著者
斎藤 久美
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.78, no.11, pp.710-723, 2005-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
26

本研究は,韓国の地方中心都市である清州市を対象とし,都市における血縁組織の形成とその変容を,村落から都市への人口移動との関連から明らかにすることを目的とした.韓国の都市における血縁組織の形成は,1960年代以降,首都ソウルに人口が集中するとともに同族集落からの転入者によって,ソウルなどの大都市に形成される動きがみられるようになった.清州市の血縁組織は,清州市への人口集中が著しくなった1970年代以降活発に形成されたという.一方,清州市の血縁組織は,1970年代に忠清北道内の同族集落から清州市に転入した経済的・社会的成功者たちを中心に,同族集落との連絡を補うために形成された.その後,都市の血縁組織は,各同族集落からの転入者を会員に迎え入れ成長したが,その中で,就職の斡旋や住居地の紹介など,転入者の都市定着支援などの役割も補う例もあった.都市の血縁組織は都市居住者が増大するにしたがって,都市住民のニーズに応じ,血縁組織が細分化されるなど,社会状況に応じて変容し続けている.
著者
武者 忠彦
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.79, no.1, pp.1-25, 2006-01-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
46
被引用文献数
1 1

本研究では,松本市中央西土地区画整理事業を事例に,地方都市における中心市街地再開発のメカニズムを制度的環境,都市政治,商店経営者の戦略という三つの視点から分析した.松本市では当初,行政と商店街組織の連携により再開発計画が推進されたが,補助金の削減という財政的要因に加え,個々の商店経営者らの現状維持的な戦略によって再開発は1980年代を通じて停滞した.しかし,大店法緩和を契機に,市長の開発主義的思想に基づく中心市街地への積極投資や行政の大型店対策が都市成長という名目で正当化され,再開発推進体制は再強化された.一方で,商店経営者の戦略は推進体制と必ずしも連動せず,固定資産税の増加などによる商店街からの撤退,テナント賃貸業への転換による商店街への残留,テナントの供給増に対応した新たな経営者の進出など,戦略は多様化した.こうした多様化は,区画整理事業の展開や事業後の商店経営環境の維持にプラスに作用する一方,開発目的を商店街振興から都市成長へとシフトさせ,行政主導の再開発を加速させるという結果をもたらした.
著者
山本 健太
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:13479555)
巻号頁・発行日
vol.80, no.7, pp.442-458, 2007-06-01 (Released:2010-03-12)
参考文献数
17
被引用文献数
6 2 3

東京におけるアニメーション産業の集積メカニズムを企業間取引と労働市場の実態分析により検討した. その結果, 企業間取引の特徴として, 業界内の受外注は短納期であり, 契約内容が明文化されないことが明らかになった. アニメーション制作企業は取引先企業の技術力と支払いに対する信頼を通して取引の柔軟性を得ている. そのため, 企業相互の関係構築が重要になっている. 一方, 労働市場の主な特徴はフリーランサーが業界の主要な労働力になっていることである. フリーランサーは不安定な就業状態におかれているが, 仕事を通じた縦の人的つながりによって技術を修得し, 仕事仲間の横のつながりによって仕事を得ている. したがって, アニメーション産業の東京集積は, (1) 相互間の知識と信頼に立脚した取引が可能となる同業他社との近接性, (2) 柔軟性に富んだ専門的な労働者の確保と再生産が可能な労働市場, (3) スポンサーとなる関連コンテンツ産業の集積, (4) 新規労働者を供給する専門学校などの相互連関により維持されていると理解できる.