著者
田中 吉郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.15, no.10, pp.784-797, 1939-10-01 (Released:2008-12-24)

The method herein described is based on the principle of shading by oblique illumination. In working out this new method, however, the author investigated theoretically the intensity of light and shade or the configuration of brightness on a surface, and found a way of correctly representing on a map the brightness thus determined, justifying his view that the reasoning of the investigation should be based on realities, and that the method of drawing should be as scien-tific as possible, so that the resulting map may be exact and true to nature. The process of drawing may be explained with the aid of Fig. 3. The ground is first tinted grey, the contours in the light are then drawn in white, and those in the shade in black. The breadth of the contours, however, varies with the cosine of the angle θ between the horizontal direction of the incident ray and the normal to the contour at the point under consideration. It is shown that the configuration of brightness of the two cases, namely, the actual surface and the map, will resemble each other very closely, if the maximum breadth of the contours may be determined theoretically in terms of the brightness of the ground and of the contours. The advantages of the proposed method are: 1. The method gives a remarkable effect of relief. 2. The process of drawing is simple and scientific, and involves no ambiguity. 3. The maps afford at a glance a clear idea of the minor featuies, no matter how complicated, they may be, to say nothing of the general character of the country.
著者
田中 吉郎
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.15, no.9, pp.655-671, 1939-09-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
4
被引用文献数
3 1
著者
藤森 孝俊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.64, no.10, pp.665-696, 1991-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
51
被引用文献数
9 16

糸静線中央部に位置する諏訪盆地の活断層は,変位様式と活動度,分布に基づいてA~Cの3タイプに分類できる.タイプAの断層は盆地の南東端および北西端にみられるもので,大きな左横ずれ成分 (8~10m/kyr) をもつ.タイプBは盆地底と周辺山地の境界部に位置し,盆地側を低下させるもので,約1~3m/kyrの上下変位速度をもつ.タイプCは周辺山地内に位置し盆地側を低下させるもので,いくつかは並行し盆地側への階段断層となっている.平均変位速度は最大でも0.5m/kyr程度である.これらの活断層の分布・分類は,プルアパートベイズンとしての諏訪盆地の形成過程を示すモデルで説明される.諏訪盆地を開口させる主断層にあたるものがタイプA,開口した地殻の盆地側の面(開口壁)にあたるものがタイプB,開口壁の背後の地殻に発達した重力性の正断層がタイプCの断層である.また,古水系や諏訪盆地の形態から,水平圧縮応力により屈曲した主断層(糸静線)が左横ずれし,屈曲部の地殻が徐々に開口していくモデルが諏訪盆地の形成をよく説明できる.諏訪盆地の長辺方向への弘大速度は約8~10m/kyrであり,形成開始期は約120~150万年前と推定される.
著者
田口 雄作 吉川 清志
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.56, no.11, pp.769-779, 1983-11-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11
被引用文献数
1 2

1981年8月24日午前2時12分頃,利根川支流小貝川の左岸堤防が,台風8115号のもたらした降水による増水のため,茨城県竜ヶ崎市内で決壊した.冠水域は竜ヶ崎市を中心に,約3,300haに及んだ. 筆者らは,冠水域内の165地点の標高点において,洪水痕跡から浸水流の最高水面標高の測定を行なった.また,氾濫時に撮影された空中写真の判読等によって検討を加えた結果,浸水流の挙動に関し,次のような知見を得た. (1) 浸水流は北上流,直進流,南下流の3つの主要な流下方向を有していた.このうち,最も水勢が強く,浸水流の主流となったのは南下流であった. (2) 浸水流は水勢の強い時には,地表面の起伏にあまり支配されずに直進するが,流心から離れるに従って,あるいは水勢が弱まるに従って,地表の低まりに追従する. (3) 論所排水は,洪水排水総量は多かったかもしれないが,浸水流の主要な流路ではなかった. (4) 江戸時代に築かれた内堤防の存在の有無が,今回の冠水域の拡大に,大きな影響を及ぼした. (5) 古文書など諸資料から,経験的な土地利用,防災対策を読み取り,活用することは,現代社会にとっても大いに重要である.
著者
竹本 弘幸
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.71, no.11, pp.783-804, 1998-11-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
39
被引用文献数
2

片品川流域に発達する河岸段丘についてテフラ層序に基づき調査し,堆積物の分析を通じて火山活動の影響を明らかにした.片品川流域に発達する河岸段丘は,更新世中期の砥山面(To), 15~10万年前の沼田面(Nu),11~10万年前の追貝原面(Ok),6万年前の伊閑面(Ik),5万年前の平出面(Hi),3~1.5万年前の貝野瀬1~皿面(Ka-1~皿);1.3~1万年前の低位面(L)に分類される.砥山面(To),追貝原面(Ok)は,更新世中期に赤城山の火山活動によって多量の砂礫が供給された結果,形成された堆積段丘面群である沼田画(Nu)は,赤城山の活動によって形成された堆積段丘面で,約20万年前から最終間氷期を経て約10万年前まで存続した水域(古沼田湖)に形成されたと考えられる.古沼田湖の堆積物である沼田湖成層の層厚は最大約60mに及び,上流側では沼田礫層に層相変化する.沼田礫層は礫径が大きく,礫種構成において赤城山起源の礫が卓越する.これに対して,伊閑礫層以降には赤城山起源の礫の混入率が徐々に減少し,貝野瀬I礫層以降には30%以下となる.この傾向は赤城山の火山活動と調和的である.伊閑面は,最大層厚35mの砂礫からなる堆積段丘面である.本面の形成には,断ある程度火山活動の影響も認められるが,中部日本などに広く認められる気候性の堆積段丘面と同様の成因が想定される.粒径や礫種構成から判断して,現河床への赤城山の影響はほとんど認められない.
著者
阿部 一
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.265-279, 1991-04-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
18

Changes in architecture reflect interactions among social groups, each of which seems to have a certain “meaning matrix” that is the implicit knowledge required for understanding the meaning of things. Disagreements over meaning matrices occasionally bring about laws regulating the style of architecture. In this paper, the author examines the relation between law and the architecture of Japanese “lovers' inns, ” which are inns with eye-catching facades and screened entrances, catering to couples for short-time or overnight stays, from the viewpoint of the interaction of two social groups; the owners of these inns and local residents. 1) The historical changes in lovers' inns architecture are as follows: 1950s: Inns displaying hot spring symbols were located in city centers. 1960s-early 1970s: Western-style architecture appeared, and “gorgeous” motels imitating Western castles or cruisers proliferated along suburban highways. Late 1970s-1980s: The appearance of love-hotels (lovers' inns located on urban streets) has become “subdued.” 2) The owners and planners of lovers' inns have had a tendency to use striking decor in order to attract people's attention. 3) Local residents have a desire to conceal things concerning sex, which results in demands for a “subdued” appearance and the exclusion of lovers' inns from residential areas. 4) Reflecting the viewpoint of local residents, regulations covering the appearance, the inside structure, and the location of lovers' inns have been established. 5) The relation between law, architecture, and meaning matrices is shown in Fig. 4. Owners and planners build the inns. Local residents perceive the inns' appearance through their own meaning matrix. When the architecture is not acceptable to the local residents, laws are established, which are implicitly recognized by them. The owners understand the laws and change the style of architecture.
著者
碓井 照子 小長谷 一之
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.68, no.9, pp.621-633, 1995-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
6
被引用文献数
2 6

Many studies are being conducted on the 1995 Hanshin-Awaji Earthquake from the earth science and architectural technological aspects, but urban structure is an important intervening factor link-ing causes and damages of an urban earthquake. This note will give a few insights from this point of view. The distribution of debris of collapsed structure clustered around (1) Suma-Nagata district, (2) Sanno-miya-Yamate district and (3) Nada-Higashinada district was analyzed; (1) and (3) are inner-city areas with many wooden houses, located 3 to 10 km from the central business district. Some network analyses are further performed usig GIS in the district of cluster (3). The number of arcs within a given road distance shows a characteristic decay caused by the earthquake, but its pat-tern varies by the distance band given. The fractal dimension of road network effectively summa-rizes this information. Calculation of the fractal dimension extracts many points either restricted by transportation facilities or river lines, or enclosed by debris as “dead ends”.
著者
小口 高
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.61, no.12, pp.872-893, 1988-12-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
6 7

松本盆地周辺の8流域における,最終氷期末期以降(晩氷期~後氷期)の地形発達について,流域間の相違点に注目して検討した.最初に,晩氷期~後氷期の扇状地発達の違いから,流域を3つに分類した.次に,この時期の気候の温暖・湿潤化によって山地斜面上で形成された「開析斜面」の発達程度の違いから,流域を3つに分類した.2つの分類の間には対応関係があり,このことは開析斜面形成時の侵食によって供給された岩屑が扇状地を形成すると考えられることから合理的に説明される.、統計解析の結果,山地斜面の「起伏・傾斜」「地質」「標高」の各要因が開析斜面の発達速度を独立に規定したことがわかった.これらの要因の差に応じて,各流域における山地斜面の発達が異なり,そのために各流域の扇状地発達に差を生じたと判断される.
著者
福田 珠己
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.69, no.9, pp.727-743, 1996-09-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
49
被引用文献数
1 11

本稿では,沖縄県竹富島において島を代表する存在である「赤瓦の町並み」が,どのように保存され今のような姿に至ったか,また,「赤瓦の町並み」が町並み保存運動の中で,伝統的建造物群保存地区という文化財としてどのように再生されていったか,伝統文化の創造という観点から考察する.町並み保存のプロセスを検討していくことによって,「伝統的」であると見なされている町並みが本来はいかなるものであるのか,さらに,「伝統的」であるとはいかなることなのかが,明らかになるのである. 本研究の視点は,文化と真正性,伝統文化の創造,観光と伝統をめぐる諸研究と共通するものであり,本研究で取り上げた文化財として位置づけられている伝統的町並みは,研究者・行政・住民の三者の思惑が絡み合ったところに生じたもので,近年注目されっっある「ふるさと」の文化,地域の伝統文化を考える上で,格好の素材でもある.
著者
市川 正巳
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.112-121, 1960-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
16

狩野川台風に伴う豪雨によつて,狩野川上流地域に多くの山地崩壊が発生した.その分布密度の高い地域は,総雨量550~700mmの地域,とくに9月26日20-23時の降雨量分布にきわめてよく一致し,同種の岩石で占められる地域においても,雨量の多い地域にとくに崩壊が密集している.このことから,今次の狩野川上流域の山地崩壊は全く雨量型崩壊といえる.従来の研究では,崩壊した物質が, 1度の出水では100mの短距離運搬されるに過ぎないことが知られている.しかし,大見川上流筏場の軽石質砂礫層の大崩壊では,崩壊物質の98%が1度の洪水で数10km下流に流出したことが,原土と下流の洪水堆積物との比較によつて知ることができた. 洪水によつてどこに河岸の侵蝕と河床の堆積が発生するかは,そこの地形的特徴によつて決定することができる.すなわち,侵蝕堆積の地点における川幅と谷幅との比と,河床勾配との関係は第6図のようで,川幅/谷幅の比が大であつても,河床勾配が小であれば,その地点の河床に堆積が生じ,両者の比が小であつても河床勾配が大きい地点には侵蝕が発生する.このことから,ある地点の河床勾配に対応した川幅/谷幅の比を求めることができるので,洪水対策に重要な示さを与えることができるであろう.
著者
菊地 光秋
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.184-189, 1960-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
2
被引用文献数
1

狩野川台風による東京地方の水害地域は,水害型と地形の上から, (A) 東部および東南部のデルタ地帯, (B) 西部の武蔵野台地上の地域に2大別される. (B) 地域はさらに3分され, (1) 武蔵野台地上に水源を持つて,台地上を貫流している白子川・石神井川・妙正寺川・桃園川・善福寺川・旧神田上水など,荒川水系の谷とその沿岸地域, (2) 排水溝幹線として利用されている灌漑用水路および元灌漑用水路の沿岸地域, (3) 武蔵野台地上に点在する窪地の湛水による浸水地域で,水路に沿つていない地域とすることができる.東京地方西部の台地上の水害では,山岳部に雨量が少なく,平野部に豪雨が集中したために,中小河川の氾濫が目立つて多く,また窪地の浸水が多かつた.東京西部の市街地における家屋密度の増大と,西部の近郊農村の住宅地域化は,近年目立つて大きくなつている.この住宅地域の拡張と,下水溝および排水路としての中小河川対策が,平行して行われていないため,豪雨の影響をうけて被害が大きかつた.東京西部の台地上における多数の浸水家屋のうち,新築住宅の被つた水害の多いのもいちじるしい特色である.
著者
松原 宏
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.165-183, 1982-03-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
19
被引用文献数
7 4

本稿では,私鉄資本による代表的な大規模住宅地開発である東急多摩田園都市をとりあげ,その形成過程や特徴に,開発主体である東急の動向がいかに具現化しているかをみた.その結果は以下の点に要約できる. (1) 東急主導の土地区画整理手法.この手法により東急は,少量で分散した土地買収状態でも,新線沿線の広域的開発を主導できた.しかも事業を代行することにより,新たに保留地を安価で大量に取得することが可能となった. (2) 人口定着策としての高密度開発.私鉄資本ゆえに新線の収益性を無視することはできない.そこで,東急は高密度開発を進めたが,一方で社会資本の不足を激化させることになった. (3) 遠隔地からの住宅地形成.東急は新線沿線各所に土地を所有していたため,地価上昇を見込んで遠隔地から分譲するという傾向がみられた. (4) アンバランスな土地利用の混在.東急は高級な一戸建住宅や分譲マンションを,地元地主は独身寮や賃貸マンションを建設したため,土地利用は無計画なものとなった.
著者
高阪 宏行
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.73, no.6, pp.483-497_2, 2000-06-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
30
被引用文献数
1

日本でも多くの活火山に対し火山災害予測図が作成されてきたが,この地図は火山災害の物理的状況を表すだけで,地域社会に与える被害を予測するものではない.火山災害予測図を基礎資料として,人口分布,道路・農地・公共施設などとの位置関係を探ることによって,初めて被害が予測できるのである.本研究は,浅間山の南斜面に発生する火砕流を事例として,GISを利用した防災計画支援システムを構築した.このシステムでは,火山災害予測図をもとに火砕流の流動範囲を噴火後5分以内,5分~10分,10分~15分,15分~30分に色分けして表示するとともに,火砕流のレイヤーと人口分布,道路,鉄道・高速道路,あるいは・学校・病院・ホテルなどのレイヤーとを重ね合わせることで,二っの分布の共通部分から被害予測図を作成した. 被害予測図を用いて被害を予測した結果,被災面積は2,529ha, 人的被害は約3,500人に及ぶことが明らかとなった.また,道路の被災区間は,約1.9kmの国道を含む34.5kmに及び,鉄道や高速道路にも10分~15分で火砕流が到達することが予測された.さらに,防災計画支援システムを利用レて,火砕流が覆う地区をリスク1の地区,その地区周辺で火災が延焼する可能性のある地区を500mバッファのリスク2の地区とし,火砕流に対する緊急計画地域として設定した.また,火砕流からの脱出計画,避難所の設置,避難民の収容計画,救援計画を考察した.
著者
三木 理史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.67, no.10, pp.677-700, 1994-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
46
被引用文献数
2

わが国において鉄道を中心とした近代交通体系の形成は,これまで旅客・貨物輸送数量の変化を指標にして考察され,1906~1907年の鉄道国有化がその契機になったと指摘されてきた.しかし,交通の階層差を問題とせず,また輸送数量に依存してきた既往の見解には再考の余地があるように思われる.そこで,幹線鉄道と私鉄路線の結節形態に視点を置く歴史地理学的手法で,路線の階層差を踏まえた考察を試みた. その結果, 1906~1907年の鉄道国有化は,上中位路線を組織化して近代交通体系の形成を促;進する機能を果たしたが,完成には至らなかったと判断せざるをえない.主として鉄道国有化以後に建設された下位路線は,1930年代から1940年代前半にかけての交通統制によって近代交通体系への組織化が進行した.したがって,わが国の近代交通体系の形成には,鉄道国有化に加えて交通統制が重要な機能を果たしたと考えられる.
著者
内田 順文
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.62, no.7, pp.495-512, 1989-07-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
28
被引用文献数
2 9

わが国の著名な避暑地・別荘地である軽井沢を事例として取り上げ,場所イメージの成立とその変化の過程を具体的に示すことによって,どのように「高級別荘地・避暑地」としての軽井沢のイメージが定着し,より多くの人々の問に浸透していったかを明らかにする.方法として,まず軽井沢を扱った文学作品や新聞・雑誌の記事などをもとに,過去の人々が抱いていた軽井沢のイメージを復元し,それを軽井沢の開発史と重ね合わせながら,軽井沢のイメージ,とくに「高級避暑地・別荘地」としてのイメージが歴史的にどのように形成され,定着していったかを記述した.次にそのイメージの定着の結果として引き起こされた地名の改変とくに「軽井沢」の名を冠した地名の分布の拡大という現象を解釈した.これらの結果は,ある一定の社会集団のレベルで,ある種の場所イメージが定着することを記号関係の形成(場所イメージの記号化)として捉えることにより,よりよく理解することができる.
著者
斎藤 叶吉
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.32, no.8, pp.432-442, 1959-08-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
11

福島盆地について桑園減少と果樹園増加の傾向,両者の関係,各地域の内部構造について調査した.その主な結果は次のごとくである. 桑園増加は1920年頃まで行われ,その後は停滞か減少をつづけた.これは暖地の桑園増加におされた結果である. 1929年以降の桑園増減形式では,南部は戦後も残存が多いが,減少をつづける型,東部も残存多く,最近やや増加傾向を示す型,その他の地域には減少をつづける型があらわれる. 桑園は根刈か中刈が多いが,ここは兼用桑園の北限にあるため,根刈は葉が軟弱となり,能率が悪い.交互抜採の中刈桑園がよい. 盆地の桑園は現在,梁川付近の阿武隈川氾濫原に多いが,県全体の分布中心地は,その西の阿武隈山麓丘陵地にある.福島県の桑園分布の中心は東に動いた形勢がある. 果樹園の増加は各果樹の古くからの中心地から周辺に広がつた形をとつている. 1929年以降の増加傾向をみると,最大の増加地域は盆地の中央部にあらわれ,西部から西北部がそれについでいる.これらは桑園減少の大きい地域と一致する.未結果果樹園の分布も果樹園増加傾向と似ているから,現在福島盆地にみられる地域分化は,今後いつそう深められそうな状況がうかがえる. 最初りんごは水田,梨は開墾畑,桃は河畔や丘陵の畑に入つたが,戦後,りんごは水田・普通畑・桃畑,梨は普通畑,桃は桑畑と開墾畑に多く入る.農業統計からみると,盆地中央部の果樹地域では水田と桑園が果樹園化し,その他は桑園からであるが,桑園の減少した面積を果樹園と普通畑,ときには水田も加わつて,地域ごとに異なる割合でで蚕食している.開墾畑の果樹園化も考えられる. 藤田・保原・福島・微温湯を結ぶ線は,果樹作と他の形の農業との競合線にあたる.その線の内外で農業目標を異にし,内部溝造にも影響がおよんでいる. 盆地は農業の地域分化が明らかである.未結果果樹園率からみて,甲府盆地・長野盆地ほど果樹園化が活発でなさそうに思えるから,この地域分化は当分の間存続しそうである.
著者
須山 聡
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.66, no.10, pp.597-618, 1993-10-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
23
被引用文献数
2 2

本稿は,職人の地域的移動パターンの側面から輪島漆器の生産地域の拡大を考察することを目的とする.漆器関連事業所の分布は, 1960年代における輪島漆器業の発展に伴い拡大した.また1960年代には輪島漆器業の技能継承システムである徒弟制が変質し,漆器業とは無関係な出自をもつ労働力が広範囲から参入した.職人の移動をライフパスとして分析した結果,(1)家業継承者を主体とした,中心地域において滞留するパターン,(2)周辺・外縁地域出身で,中心地域で修業し,独立後周辺地域に移動するパターン,(3)中心地域出身で,独立後周辺地域に移動するパターン,が抽出された,輪島漆器の生産地域の拡大は,徒弟制の変質によって増加した漆器業とは無関係な出自をもつ,(2)および(3)のパターンに該当する職人が,良好な生産・居住環境を確保した結果生じたものである.同時に(1)のパターンは中心地域における漆器関連事業所の集積を継続させている.
著者
安田 初雄
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.16, no.10, pp.657-672, 1940-10-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
25

It is prevailing rural landscape that Hasagi (trees on which the rice harvest is hanged to dry) spread over on low land in Hokuroku district. In Etigo, Hasagi are distributed all over the main delta plains composed of Agano, Sinano, and Ara-kawa. The plains of Toyama, Kaga, and Hukui that are compound alluvial fans, are dot-ted with regions of Hasagi, throughout all of which regions Hasagi are planted along creeks and foot pathes in a marshy rice field of swampy delta or margine of alluvial fan. No Hasagi are found in mountaineous regions and upper part of alluvial fan. As Hasagi shades the sunshine, there distribute artificial Hasa built after harvest, in the former, where materials for it are obtained near by. In the latter regions, rice crop is layed down to dry directly on the field drained when harvest is finished. Rainy season always visit Hokuroku in September or October as soon as the rice harvest is finished. On this reason how to dry is the most important concern to the farmers in this district. And Hasa is the best. method for this purpose. At marshy land of delta and margine of alluvial fan, alders and ashes are planted as Hasa-gi, for there are no materials to built artificial Hasa. Explanation of figures: Fig. 1 Distribution of dialects meaning Hasa ; Hasa, Haza, Hase, and Haze. Fig. 2 Diffusion of Hasa-gi in Kaitu plain, NE part of Niigata prefecture. Fig. 3 Damaged district by the flood of Oct. 1st, 1917. Fig. 4-7 Diffusion of Hasagi at plains of Kubiki, Toyama, Kaga, and Hukui respectively. Every figures except 1, shades show the density of Hasagi.
著者
久保 純子
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Ser. A (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.25-48, 1988-01-01 (Released:2008-12-25)
参考文献数
51
被引用文献数
1 6

南関東の相模野台地・武蔵野台地に分布する谷の地形・地質を比較検討し,これらの谷の形成過程について考察した. 相模野・武蔵野をはじめとする関東平野の台地には,台地上に厚い風成テフラをのせるものが多い.これらの台地では現在までの数万年の間,テフラの問けつ的な降下と,台地に流域をもつような小さい川の侵食・運搬作用が同時に進行していたと考えられる.このような堆積(テフラの降下)と侵食・運搬作用(谷の成長)の積分の結果が現在の相模野・武蔵野台地の谷地形であること,すなわち,礫層を堆積させた過去の大河川の名残川が降下テフラを流し去ることによって谷を形成したことを,相模野および武蔵野台地の各時代の面を「刻む」谷の地形・地質を比較することにより導き,谷の形成過程を説明した.
著者
鏡味 完二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1-14, 1952-01-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
23

There are many different nominations of mountains in Japan. The author picked up here only the last syllables of the mountain-name. He count, ed More than seventy sorts all in Japan. Among them, “-yama”, “-také”, “-mori”, “-miné”, these four sorts of calling are definitely more frequent than the others. Hence he took in this paper the distribution and meaning oof these four suffixes. This study consists of two parts, the one is title significance and history of these four sorts, and the other is the historical geography of their distribution and meanings. . They are described as follows. “Yama” is the name that has existed from the ancient time throughout the history of the Yamato race. It distributes widely all over the country and are attached to the highest Mountains as Fujino-yama as well as to the lowest hills as are seen everywher. “-Miné” has long a history as “-yama”, since the earliest time of the Yamato race. Many of these names are found in the famous poetical works, such as Mannyo-shyû. But now “-mine” has become less common because it changed its conceptionn into the meaning of mountain-ridge or tower-shaped peak. It does not distribute so widely as “yama” in the whole country, but is found rather densely is the districts that indicate the past Yamato race's domain and decreases in the marginal areas. “Také” is later in its history of development than “-mine”, but its distribution covers the whole country. It may be remarked that “-také” has a linguistic influence from continent. This development of “-také” was taken in the period of Nara dynasty. Having no distribution within the district of “-miné” and “-sen” (“-sen was existed from ancient times as “-miné”), “-také” has a blank area in the district of “-mine” and “-sen”. (Fig. 4) This district coincides with the area of the earlier period of Yamato dynasty. (Fig. 10) And “-také” is found on the rocky mountain. “-Mori” has its origin in Ainu and Korean languages, perhaps the former influence was more definite. These names are almost found on the round topped peaks, and its distribution, according to the Law of Baxter, is made up from three districts as no distribution area in the centre, “-mori-yama” region in the intermediary, and “-mori” region in the outer part of Japan.