著者
北條 芳隆
出版者
一般社団法人 日本考古学協会
雑誌
日本考古学 (ISSN:13408488)
巻号頁・発行日
vol.8, no.11, pp.89-106, 2001

国立スコットランド博物館所蔵のマンローコレクション中にある環頭形石製品のうち1点は,材質や風化の状況,製作技法を検討した結果,真正品であることが確認された。その結果,日本国内に現存する破片資料の再点検が可能となり,これまで特殊な石釧とみなされてきた2例は,同じく環頭形石製品と考えるべきことも判明した。現状では本例を含めて3点の環頭形石製品が確認されることになる。いずれも古墳時代前期後半から末にかけての資料と認定されるのであるが,すべて緑色凝灰岩製であり,しかも武器の装飾品としての造形である。この事実は,古墳時代の石製品研究において重要な問題提起となり,従来の定説的見解には大幅な修正が必要であることを意味する。すなわち碧玉製や緑色凝灰岩製の石製品は実用性をもつ宝器とみなし,滑石製模造品は儀礼器具であるとして両者を截然と区別する根拠は,ほとんどなくなったとみるべきである。両者を統合的に把握しなおし,石製祭具として古墳時代祭祀の変遷過程のなかに位置づけるのが妥当である。<BR>ところで本資料は,20世紀の初頭においてマンロー自身が学界に公表したものであり,その著書『先史時代の日本』では,本例にかんする真贋問題の検討結果とともに丁寧に紹介されている。にもかかわらず,ごく最近までは石製品研究において本資料が省みられることはなかった。当時の日本側考古学者が,これを贋作とみなしたことが主因である。しかしいかなる背景のもとに,そのような処遇にたちいたり,以後研究対象から除外されるという情勢が生まれたのか。この問題を点検した結果,高橋健自と後藤守一の著作においてその概要をうかがうことができた。20世紀の前半段階において,碧玉や緑色凝灰岩製の石製品と滑石製模造品とを截然と区別し,それぞれが固有の器種構成を有するといった基本認識はすでに定立されており,本例はこの基本認識に抵触するがゆえに除外された可能性が高いのである。その後の研究動向もまた,これら古典的著作を踏襲する方向で進められてきた結果,本例が省みられる機会は遠のいたとみなければならない。その意味で今回の検討結果は,石製品研究におけるマンローの再評価として位置づけられる。

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