- 著者
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壇 順司
池田 真人
神吉 智樹
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.2012, pp.48100248, 2013
【はじめに】クライマーは,様々な形状のホールドを把持し自重を支えることで指にかなりの負担がかかるため,指の関節可動域(以下ROM)制限ひきおこすことが多いが,その原因についてはまだよく解明されていない.今回クライマーの指の筋力とROMを調査し,さらに前腕の筋の構造からROM制限を起こしやすい指とその原因を考察し,予防法を考案したので報告する.【方法】対象は,クライマー群(以下C群):中級レベル以上のクライマー男性74名(年齢30.2±7.4歳),一般群:クライミング経験のない一般男性40名(年齢23±2.3歳)であった.深指屈筋と浅指屈筋の形態は,2007年熊本大学医学部で解剖された解剖実習体23体左右46肢を用いた.筋力は指の保持力をみるために,2~4の各指で,デジタル握力計(竹井機器工業社製)を頭上で垂直に固定し,そのグリップ部を下方に引くようにして測定した.その後,対象者の体重で除して体重比を算出した.またROMは,2~4指までのDIP,PIP,MP関節(以下DIP,PIP,MP)の屈曲と伸展を指用ゴニオメーターにて測定した.統計解析は,対応のないt検定と多重比較検定を用いた.解剖は深指屈筋と浅指屈筋を剖出し,各指の腱に対応する筋束の数を分類した. 【説明と同意】対象者に,事前に研究目的および内容を説明し同意を得たうえで実施した.また解剖は2007年に熊本大医学部の教授に研究の目的・方法を説明し,許可を得て調査を行った.【結果】筋力は,C群(右2指0.25±0.5,3指0.34±0.9,4指0.22±0.6,左2指0.25±0.6,3指0.34±1.0,4指0.23±0.6)と一般群(右2指0.17±0.4,3指0.22±0.5,4指0.18±0.4,左2指0.16±0.3,3指0.19±0.5,4指0.17±0.4)の各指では,左右ともにC群が有意に強かった(p<0.05).C群では,左右ともに3指が他指よりも有意に強かった(p<0.01).ROMは,全ての関節・運動方向においてC群が有意に小さかった(p<0.05).またC群における左右差はなかった.C群の各関節の屈曲ROMの比較では,右DIPでは,2指72.9±8.4°,3指66.3±8.8°,4指70.5±10.6°であり,左DIPでは,2指74.7±6.8°,3指64.9±15.9°,4指70.9±11.4°で3指が有意に小さかった(p<0.05).右PIPでは,2指99.6±3.2°,3指95.3±8.2°,4指98.2±4.1°であり,左PIPでは,2指99.9±3.1°,3指92.3±8.6°,4指99.3±4.7°で3指が有意に小さかった(p<0.05).右MPでは,2指91.9±8.5°,3指95.3±7.6°,4指96.6±7.5°であり,左MPでは,2指92.4±8.3°,3指95.8±7.2°,4指96.5±7.2°で差はなかった.各関節での伸展に差はなかった.深指屈筋は,2指と3~5指の2筋束(32%)と2指,3指,45指の3筋束(68%)の2タイプであった.浅指屈筋は,全てにおいて25指,3指,4指の3筋束の1タイプであった.またその中でも3指の筋腹が最も大きかった. 【考察】クライミングは,ホールドを把持するときに指に全体重がかかることが多々ある.よって指の屈曲保持に関与する筋は常に最大筋力を発揮する環境にあるため,筋力は向上しやすいと考えられる.特に浅指屈筋の3指の筋腹が大きいことや深指屈筋3指が分離しているタイプが多いことから,3指は使いやすく最も力が入る指であり,他指よりも筋力が強いと推察される.また,3指のDIP,PIPの屈曲制限は,浅指・深指屈筋を過剰に使用することで,これらの腱が腱鞘A2pully(以下,A2)を掌側方向への正常圧を超えてストレスを与え,A2の炎症により腱鞘内で腱の滑走不全を生じさせると考えられる.また,掌側方向への腱が骨より離れる力は,PIPの位置にある腱鞘A3pully(以下,A3)へのストレスとなる.A3はPIPの掌側版に付着しており,これにも掌側方向への牽引ストレスが加わり,炎症・柔軟性の低下が生じ,PIP屈曲時に掌側版が基節骨と中節骨に挟まることで,屈曲制限が生じていると推察される.DIPも同様の理論で屈曲制限が生じていると考えられる.クライマーは,基本的に安静や休息をあまり取る傾向に無いため,腱鞘や掌側板にかかる負担を軽減する方法を考案した.ホワイトテープを指の幅に合わせて裂き,約40cmの長さを準備する.まず,その一部を利用し指関節を軽度屈曲位に保持した状態で,指の掌側基部から爪部にかけてテープを貼る.次に残りのテープをPIP掌側部でクロスしながら,屈曲位を保つように巻く.最後に初めに貼ったテープをDIPより遠位の部分で切る.これにより腱が腱鞘にかける負担を軽減でき,指の痛みやROM制限の予防に繋がると考えられる.【理学療法学研究としての意義】スポーツ障害を治療・予防するためには,スポーツの特性を理解し,障害部位の身体内部の構造より原因を追及し,それに基づく治療・予防法を考案する必要がある.指の詳細な解剖学的構造を踏まえた予防方法を伝えていくことは,理学療法士の役目であり,研究していく意義があると考える.