- 著者
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久保下 亮
赤坂 美奈
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.2012, pp.48101358, 2013
【はじめに】障害者スポーツにおいて,スポーツ医学的技術論に関する情報より選手の健康管理の側面からの議論が多くなされている。近年,障害者スポーツではパラリンピックを代表として競技スポーツとしての位置付けが大きくなってきている。すなわち競技力を高める指導や練習方法が必要となっている。今回は,数多くある障害者スポーツの中からスプリント系の車椅子走行速度に着目した。以前より,車椅子走行速度に大きく関わる筋として上腕三頭筋や三角筋が挙げられている。また,バスケ用車椅子でのスタートダッシュ時,リアキャスターが床に接触することでタイムロスを起こしているとの発表もある。この大きな原因の一つに,スタート時の体幹コントロールの不良が挙げられている。そこで体幹のコントロールだけでなく,体幹筋力も車椅子走行速度に影響を与えているのではないかと思い検討した。【方法】対象は,研究内容を説明し同意を得た健常男子大学生15名,平均年齢21.4±0.3歳,平均身長174.6±5.3cm,平均体重69.0±8.4kgである。まず,対象者にバスケ用車椅子(松永製作所 B-MAX TK)に慣れてもらうため室内にて30分程度の自由乗車時間を設定した。その後,休息を挟み10m,20mの直線直進の全力走行とスタート地点から10m離れたところに目印としてコーンを置き,この目印をターンしてスタート地点まで戻ってくる10mターン走行をしてもらった。次に,1週間の間を取り体幹の屈曲・伸展筋ピークトルクの測定とその他身体測定(身長,体重,上肢長,握力)を行った。体幹の屈曲・伸展筋ピークトルクの測定にはBIODEX SYSTEM3を用いて行った。角速度は30°/secで反復回数を5回とした。 統計学的分析は10m走,20m走,10mターン走,体幹の屈曲・伸展筋力ピークトルクのそれぞれの関連性についてSpearman順位相関係数を用いて比較検討した。有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 被験者にはヘルシンキ宣言に則り,研究の目的や手順を口頭と紙面にて説明し署名による同意を得た。なお,本研究は国際医療福祉大学倫理審査委員会の承認を得て実施した。【結果】身体測定の平均は,伸長174.6±5.3cm,体重69.0±8.4kg,右上肢長58.1±2.4cm,左上肢長58.0±2.1cm,右握力47.5±7.1kg,左握力44.7±6.3kgであった。走行速度の平均は,10m走が4.7±0.4秒,20m走が7.8±0.8秒,10mターン走10.8±1.0秒であった。体幹の屈曲・伸展筋力ピークトルクは体幹屈曲309.0±71.1Nm/kg,体幹伸展419.5±103.0Nm/kgであった。体幹筋力と車椅子走行速度との相関関係は,体幹屈曲力に対しての10m走(ρ=0.65),20m走(ρ=0.45),10mターン走(ρ=0.33)は共に正の相関を認めた。体幹伸展力に対しての10m走(ρ=0.62),20m走(ρ=0.58),10mターン走(ρ=0.43)は共に正の相関を認めた。【考察】車椅子走行時のスタートダッシュには体幹筋力が必要不可欠と考えていた。理由として,車椅子駆動開始時には体幹を大きく屈曲させ,この時に生み出される前方への回転モーメントを車椅子の推進力の一つに利用している。よって,より大きな推進力を得るためには体幹の強い屈曲力が必要であると思われる。今回の研究結果からは,走行速度と体幹筋力との相関関係が認められた。このことは,車椅子走行時のスタートダッシュには体幹筋力が少なからず必要であることを意味している。先行研究では,走行速度を上げるためには実質駆動時間を長くすることと,駆動角速度を速くする必要があると示している。また,車椅子バスケや車椅子テニス,車椅子の短距離走のように初動の影響を大きく受けてしまうようなスプリント系の障害者スポーツでは,スタートダッシュ時に体幹筋力だけでなく体幹のコントロール性も要求される。更に10mターンにおいては,ターン時に急激なブレーキと旋回能力,そして瞬発的な加速力といった複合的なチェアワークが必要である。よって,今後,障害者スポーツでのパフォーマンス向上のためには,筋力や体幹のコントロール性,チェアワークといった複合的な要素についても調べて行く必要がある。【理学療法学研究としての意義】今後,車椅子を使用した障害者スポーツにおいて車椅子の操作性を高めるためのトレーニングに一考として活用できるものと考える。