- 著者
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梅澤 慎吾
岩下 航大
大野 祐介
興津 太郎
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.2012, pp.48101921, 2013
【はじめに】両側大腿切断は左右の膝を失う固有の障害像から,実用歩行を困難にする要素が多い。しかし,優れた立脚・遊脚制御を備える膝継手(以下:高機能膝継手)が一般的になりつつある昨今,片側切断者に匹敵するレベルで歩行可能な事例が報告され始めている.その達成には要所を押さえた義肢部品の運用と,訓練全体のマネジメントが必須となる.第一報では二足実用歩行を獲得した一症例を報告した.今回は同様の方法で実用歩行を獲得した新たな症例から,時代に即した情報の一つとして,両大腿切断者の高活動ゴールの方向性を提示することを目的とする.【症例】34歳 男性 交通外傷による両側大腿切断.既往歴や合併障害なし.受傷後,前病院の断端形成術~装着前訓練を経て,義肢装具SC入院《断端長》右11.0cm,左24.0cm《受傷前身長》166cm,《義足装着》シリコーンライナー使用[初期評価:訓練開始時] 《ROM》左股関節伸展10°右股関節屈曲70°伸展-5°《筋力》左右股関節の伸展・外転筋MMT4《受傷~義肢装着の期間》約4ヶ月 [最終評価:18W終了時]《ROM》左股関節伸展15°右股関節屈曲80°伸展5°《筋力》左右股関節周囲筋 MMT5 《膝継手》固定⇒C-Leg⇒C-LegCompact【説明と同意】結果の公表を本人に説明し,個人情報の開示を行う旨を了解済みである。【経過と結果】[開始~10W]膝継手なし,または固定膝で訓練施行.船底型足部を利用したスタビーによる動作習熟が中心.移動範囲は前半が屋内,後半が屋外・屋内応用歩行を中心に行う.坂道下りが二足で可能になることを条件に,4段階で義足長を10cmずつ長くする.《10m歩行》11.5秒 《12分間歩行》500m 《TUG》19.2秒 《PCI》0.8 [10W~18W]C-Leg(Compact)変更後は膝屈曲位での二足坂道下り動作と歩行中の急激なブレーキ動作など,膝継手の立脚期油圧抵抗(イールディング機能)の習熟とその反復に重点を置いて訓練継続.杖なしでの坂道歩行や円滑な方向転換が2W~4Wで自立.最終では装着時身長が166cm、約1.5kmの屋外持続歩行や公共交通機関の利用がT杖携帯で自立となる。《10m歩行》8.5秒 《12分間歩行》660m 《TUG》14.3秒 《PCI》0.57【考察】従来の両大腿切断の訓練は到達目標が頭打ちになることが多いと推測する.両大腿切断者が義足で生活を送るには、多様な路面の攻略が必要になるが,特に坂道下り動作の自立が義足常用化の鍵になる.多くは手摺りを頼りに出来る公共の階段と違い,屋外の坂道に手摺りはなく,従来の膝継手では杖使用でも円滑な動作が困難だからである.この報告で提案する訓練の基軸は「安心感をもたらす膝継手選択による身体機能向上」と「高機能膝継手で引き出せる動作の習熟(坂道下り)」である.いずれも膝継手の理解無くして目的達成は困難といえる.高機能膝継手は,イールディング機能による立脚期制御と円滑な油圧抵抗のキャンセルによる遊脚期制御(良好なクリアランス形成)が独立して調整可能で,運用次第で多様な路面の歩行が可能になる.具体的には1.強力な油圧抵抗で大腿四頭筋の遠心性収縮を代用し,一方の膝が緩やかに屈曲しながら他方の足部接地を行う時間的猶予を与える 2.継手が完全伸展位,かつ設定した閾値以上の前足部荷重をしなければ油圧抵抗がキャンセルされず不意な状況で膝折れが起きない 3.C-Legをエネルギー効率の面で優位とする報告があり,義足歩行の継続が過負荷にならない等の特長がある。今症例では膝継手使用前に,膝折れのない安心できる環境の下で充分な時間を割き,二足歩行で多くの動作習熟を行った.これは股関節周囲筋群の強化と,多くの動作を獲得したという成功体験に繋がっている.この効果として,膝継手使用以降で動作習熟に時間を要する場面でも,かつて出来たことが基準となって,装着者本人に問題意識が芽生え,より動作習熟に尽力できる下地になったと分析する.立脚期を考慮すれば固定膝に利点もあるが,歩行速度や歩行効率等の評価から分かる通り,より高いレベルの目標達成には,遊動膝による良好な遊脚期形成が重要といえる.高機能膝継手はPC制御による製品が存在するが,これも良好なアライメント設定が前提になる. その他の検討事項として,床からの立ち上がりを考慮して重心位置(義足長)を低く保つために,低床型足部や,キャッチピンを用いない装着法も要検討である.(キスシステム,シールインライナー,吸着式)【理学療法学研究としての意義】公費対象でない製品は高額であるため,現制度内での運用は決して一般的でない.しかし,両側大腿切断者のQOL向上に大きく寄与する事実を公にすることで,同様の重度切断障害者が,膝継手の選択次第で屋内外を問わず義足で生活できる可能性を見いだせるきっかけとしたい.期限設定~動作達成度の評価や訓練施設の特定など,今後は条件付きで膝継手支給の仕組みが議論されることも必要である.