- 著者
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中村 努
- 出版者
- 人文地理学会
- 雑誌
- 人文地理学会大会 研究発表要旨
- 巻号頁・発行日
- vol.2006, pp.5-5, 2006
<B>はじめに</B><BR> 戦後、メーカーの系列下で配送業務のみを担当していた医薬品卸は、1992年に仕切価制度が導入されて以来、自ら価格設定を行う必要に迫られた。また同年、薬価算定基準が改定されたことによって、薬価差が縮小している。<BR> 一方、医薬品流通の川上に位置し、新薬の研究開発費を捻出したい製薬企業は、医薬品に高い仕切価を設定しようとする。他方、川下に位置する医療機関や薬局も、診療報酬における包括支払い制度の導入や、医薬分業の進展によって、医薬品へのコスト意識が高まっており、値引きと高頻度の配送を要請している。<BR> 医薬品卸は1990年代後半以降、合併再編や淘汰、業務提携を繰り返して4グループに集約されつつある。さらに、製薬企業の物流代行や医療機関の在庫管理など、従来の配送業務にとどまらない情報サービスを提供することで、顧客との取引を維持、拡大しようとしている。<BR> 本発表では、再編が進む医薬品卸売業の経営戦略と新たな情報サービス機能の実態を把握して、医薬品卸が日本の医薬品流通において果たす役割を検証する。<BR><BR> <B>4大卸グループによる全国ネットワークの形成</B><BR> まず、連結売上高における規模の大きい順に、各医薬品卸グループの経営戦略の特徴を整理する(第1表)。<BR> 連結売上高1位のA社は、2005年4月に日用品卸と合併したことによって、医薬品に加えて、化粧品や日用品を一括して納入できる配送体制を構築した。商圏は子会社を中心とした沖縄を除く地域となっている。また同社は、商社と提携して院内物品管理(SPD)の共同事業を進めるとともに、中国への進出も検討している。<BR> B社は2005年10月、北海道と九州地方以外の販路を確立した。2005年4月以降、女性配送員による多頻度配送を実施して、保険薬局に対する市場シェアを高めている。さらに情報提供会社による医療機関に対する情報提供、医療材料の仕入れ集中化によるSPDの強化、医薬品製造子会社を活用した医薬品の開発、製造などを行っている。<BR> C社は2005年10月、九州4県を商圏とする医薬品卸と業務提携を締結したことによって、その商圏は全国をカバーするにいたった。同社は医薬品製造子会社と医療機器製造子会社を活用して、医療関連製品の開発、販売している。<BR> D社は地方の医薬品卸と提携するグループを、複数形成している。具体的な共同事業を実施していないグループの商圏を除くと、D社の商圏は滋賀、京都、和歌山、沖縄以外の43都道府県である。同社の特徴は、顧客への付加価値を高めるための情報サービス機能を強化していることである。保険薬局や病院、診療所向けの医薬品の発注端末、保険薬局向けの分割販売や在庫処理システム、病院、診療所向けの診療自動予約システムや処方せん送信システムを、それぞれ自社開発したうえで有償で提供している(第1図)。さらに、医療材料を扱う商社と提携することで、SPDを強化している。<BR> このように、医薬品卸4社はいずれも、他の医薬品卸との合併や提携を通じて、全国的な営業網を形成している。また、医薬品市場におけるシェアの大幅な拡大が見込めない中で、他分野への事業に商社など他業種と連携して取り組んでいる。しかし、医薬品卸の経営戦略によって、強化しようとするサービスの内容には違いがみられる。<BR><BR> <B>D社による情報サービス機能の強化</B><BR> D社は4グループのうち、顧客支援のためのサービスにもっとも積極的に取り組んでいる医薬品卸である。同社は、不採算品目の除外を含めた価格改定交渉を進めて取引の正常化を図るとともに、顧客支援システムの導入を拡大している。特に同社の保険薬局向けの有料会員システムは、1998年9月に販売を開始して以来、導入先件数を2006年3月現在で9,800件まで拡大しており、その中心となる分割販売サービスを黒字化した。<BR> しかし、病院向け在庫管理システムの導入先は地域の中核病院である国公立の病床数200床以上の大病院に多い一方、中小病院や診療所向けの販路は少ない。その理由として、大規模病院は情報システム投資余力が大きいうえに、取扱品目数が多いために在庫コスト削減の効果が大きいことが考えられる。<BR><BR> <B>医薬品卸が採りうる経営戦略の方向性</B><BR> 今後、日本の医薬品卸が採りうるビジネスモデルは、1) 欧米の卸が採用する物流特化型、2) 顧客の付加価値を高めるために情報を加工する情報サービス型の2タイプがあろう。医薬品卸は医薬品の配送業務のみでは利益を拡大しにいことから、後者で利益を確保するため、営業マンの削減と情報化投資を並行して進めている。医薬品卸はこのビジネスモデルを確立するため、営業マンを育成すると同時に、システム開発コストを適正な価格に反映させ、医療機関や薬局が有償サービスを付加価値として認識させる必要があろう。