著者
畠山 輝雄 中村 努 宮澤 仁
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.486-510, 2018 (Released:2018-11-28)
参考文献数
19
被引用文献数
5 9

本稿は,ローカル・ガバナンスの視点から,地域包括ケアシステムに空間的・地域的なバリエーションをもたらす要因を考察するとともに,バリエーションごとの特徴と課題を抽出した.地域包括ケアシステムにバリエーションが生じる要因の一つには,自治体の人口規模の差異があり,それは地域包括支援センターの設置ならびに日常生活圏域の画定に関する基準人口によるものであるとわかった.小規模自治体では,単一の日常生活圏域における地域ケア会議を中心に集権型のローカル・ガバナンスとなる一方で,人口規模が大きくなるほど自治体全域と日常生活圏域の重層的なローカル・ガバナンスによる地域包括ケアシステムが構築される傾向にある.後者は,地域包括支援センターが日常生活圏域単位に複数配置される自治体において,各地域の特性を考慮した分権型のローカル・ガバナンスを統括するための自治体全域でのガバナンスが重視された結果である.
著者
中村 努
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.210-228, 2016-09-30 (Released:2017-09-30)
参考文献数
36
被引用文献数
1

本稿では,台湾における医療供給体制の空間特性と,公平性の確保に向けた政府の役割を明らかにした.     台湾においては,日本と同様,単一の医療保険制度が採用され,私的医療機関を中心とした医療供給が実現している.台湾では全住民の医療データが電子化されるとともに,それぞれの医療機能に基づいて,センター病院を中心とした階層的な医療供給体制が構築されている.さらに,山間部や島嶼部など僻地においては,遠隔診断の手段としてクラウド医療情報システムが試験的に運用されるなど,医療機関への物理的なアクセシビリティの改善が図られている.     こうした制度設計は,日本統治時代における日本の医療制度を軸とした制度的遺産によるところが大きい.一方,日本の医療供給体制との相違点として,戦後の権威主義的な政府の経済成長を優先した施策が,私的医療機関の都市部への集中と,山間部および島嶼部の医療供給不足という地域格差を生じさせた点が指摘できる.こうして,それぞれの時代における政府の行動に規定されるかたちで,都市部と山間部および島嶼部とで異なる供給空間が重層的に形成されるに至った.現在の医療供給体制の空間的態様は,そうした政府による政策対応と,設立主体ごとの医療機関の立地行動とが繰り返された地理的帰結ととらえられる.
著者
石多 猛志 大石 英人 飯野 高之 佐藤 拓也 濱野 美枝 中村 努 新井田 達雄
出版者
日本外科系連合学会
雑誌
日本外科系連合学会誌 (ISSN:03857883)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.102-106, 2015 (Released:2016-02-29)
参考文献数
11

症例は75歳女性.普段より便秘気味で5日間の無排便期間の後に大量の排便を認めた後に下血を生じたため当院救急外来受診となった.診察時臍周囲の軽度圧痛を認めるも,腹膜刺激症状なく腹部レントゲンにても特に所見を認めなかった.しかし腹部造影CT(computer tomography)にて直腸(Rb)背側に巨大な穿孔部認め緊急手術となった.開腹時腹腔内に汚染認めず,穿孔部も認めなかった.S状結腸にて人工肛門造設し,穿孔部が巨大なため経肛門的に直腸内ドレーン留置の方針となった.術後画像検査にても穿孔部から周囲への炎症の広がりを認めなかった,術後11日目に直腸内ドレーン抜去して術後17日目に退院となった.直腸穿孔は稀な疾患であり,緊急手術にてHartmann手術もしくは,穿孔部単純閉鎖後人工肛門造設を行うことが多い.直腸穿孔に対して人工肛門造設行い,経肛門的直腸ドレーンにて症状軽快した1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.369-383, 2022 (Released:2022-11-25)
参考文献数
27

本稿は,地域福祉のニーズの変化とその対応を,ローカル・ガバナンスの構造に焦点を当てて検討した.製紙工場の集積地として栄えた高知県高知市旭地域では,1990年代後半以降,新住民を中心とする再開発地区と老朽木造住宅が混在する地域へと変貌した.他方,入浴難民,単独高齢世帯,生活困難を抱えた孤立世帯や子どもなど,環境変化にともなうさまざまな地域福祉ニーズが生じた.これに対して,①住民組織代表のリーダーシップ,②収益の改善,③他機関との連携,を特徴とする地域住民の主体的な対応を軸にしたローカル・ガバナンスがそのつど形成された.住民組織と行政との関係は活動の展開過程において,対立から相互協力的な関係性へと深化した.このように,行政の役割の再定義も含め,地理学の視点からマルチスケールでローカル・ガバナンスの再構築の過程を検証することが求められる.
著者
中村 努
出版者
一般社団法人 人文地理学会
雑誌
人文地理 (ISSN:00187216)
巻号頁・発行日
vol.73, no.1, pp.55-74, 2021 (Released:2021-04-13)
参考文献数
37
被引用文献数
5

本稿では,台湾島嶼部の地理的条件と地域固有の歴史的経緯から多様な空間スケールのケア供給体制が構築されてきた過程と,現在のケアの利用行動からケア供給体制が抱える課題を明らかにした。台湾本島との隔絶性が高い緑島では,1990年代以前,衛生所による一次医療が展開されるのみで,その他のケアニーズはもっぱら近居の家族による支援によって対処せざるを得なかった。一方,民主化が進展した1990年代後半以降は,民間診療所の開設と,東南アジアからの介護労働者の受け入れによる高齢者介護や生活支援サービスの確保が確認できた。こうして,複数のアクターがローカル・スケールのみならず,グローバルなレベルに及ぶ広域で重層的なローカル・ガバナンスを形成することによって,台湾の島嶼部におけるケア供給が図られてきた。しかし,台湾政府は時間的,地理的制約を克服するために有効とされる,遠隔画像診断と救急搬送の活用に消極的であった。ケアサービスの利用行動を検討した結果,島内では家族や外国人労働力が在宅介護を支える一方,休職や家族の分断を伴った島外への受療行動が確認できた。こうした政府の役割を代替あるいは補完しようとするアクターで構成されるローカル・ガバナンスは,台湾固有のケア規範に加えて,緑島固有の歴史的経緯とも密接に関係しており,外国人介護労働者の人権に対する法的整備や,身近な地域でケア供給が完結する体制の整備が課題であることも明らかになった。
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.90, no.2, pp.67-85, 2017-03-01 (Released:2022-03-02)
参考文献数
32

本稿は,医療供給主体間の関係から長崎県における医療情報システムの普及過程を明らかにした.大村市で構築されたシステムは,参加施設数の増加ペースをあげながら県全域に普及した.県内スケールでみると,普及促進機関による協調行動が,異なる利害をもつ主体による共通のシステムの運用を可能にした.また,普及促進機関による職能団体との協調およびコスト負担の軽減を通じて,市町の領域を超えてシステムが普及した.市町内スケールでみると,長崎市や大村市では,地域医師会や地域薬剤師会における信頼関係が,診療所や薬局のシステムの普及に重要な役割を果たしていた.システムの普及は単なる技術的な問題ではなく,地域間で異なる職能団体の特性に依存することが明らかになった.本稿の結果は,情報通信技術が社会インフラとして機能するため,その普及や効果に地域差が生じる要因をさまざまな空間スケールから解明することの必要性を示唆している.
著者
荒木 一視 岩間 信之 楮原 京子 田中 耕市 中村 努 松多 信尚
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100001, 2015 (Released:2015-10-05)

災害に対する地理学からの貢献は少なくない。災害発生のメカニズムの解明や被災後の復旧・復興支援にも多くの地理学者が関わっている。そうした中で報告者らが着目したのは被災後の救援物資の輸送に関わる地理学的な貢献の可能性である。 救援物資の迅速かつ効果的な輸送は被害の拡大を食い止めるとともに,速やかな復旧・復興の上でも重要な意味を持っている。逆に物資の遅滞は被害の拡大を招く。たとえば,食料や医薬品の不足は被災者の抵抗力をそぎ,冬期の被災地の燃料や毛布の欠乏は深刻な打撃となる。また,夏期には食料の腐敗が早いなど,様々な問題が想定される。 ただし,被災地が局地的なスケールにとどまる場合には大きな問題として取り上げられることはなかった。物資は常に潤沢に提供され,逆に被災地の迷惑になるほどの救援物資の集中が,「第2の災害」と呼ばれることさえある。しかしながら,今般の東日本大震災は広域災害と救援物資輸送に関わる大きな問題点をさらすことになった。各地で寸断された輸送網は広域流通に依存する現代社会の弱点を露わにしたといってもよい。被災地で物資の受け取りに並ぶ被災者の長い列は記憶に新しいし,被災地でなくともサプライチェーンが断たれることによって長期間に渡って減産を余儀なくされた企業も少なくない。先の震災時に整然と列に並ぶ被災者を称えることよりも,その列をいかに短くするのかという取り組みが重要ではないか。広域災害時における被災地への救援物資輸送は,現代社会の抱える課題である。それは同時に今日ほど物資が広域に流通する中で初めて経験する大規模災害でもある。    遠からぬ将来に予想される南海トラフ地震もまた広い範囲に被害をもたらす広域災害となることが懸念される。東海から紀伊半島,四国南部から九州東部に甚大な被害が想定されているが,これら地域への救援物資の輸送に関わっては東日本大震災以上の困難が存在している。第1には交通網であり,第2には高齢化である。 交通網に関してであるが,東北地方の主要幹線(東北自動車道や東北本線)は内陸部を通っており,太平洋岸を襲った津波被害をおおむね回避しえた。この輸送ルート,あるいは日本海側からの迂回路が物資輸送上で大きな役割を果たしたといえる。しかしながら,南海トラフ地震の被災想定地域では,高速道路や鉄道の整備は東北地方に比べて貧弱である。また,現下の主要国道や鉄道もほとんどが海岸沿いのルートをとっている。昭和南海地震でも紀勢本線が寸断されたように,これらのルートが大きな被害を受ける可能性がある。また,瀬戸内海で山陽の幹線と切り離され,西南日本外帯の険しい山々をぬうルートも土砂災害などに対して脆弱である。こうした中で紀伊半島や四国南部への救援物資輸送は問題が無いといえるだろうか。 同時に西日本の高齢化は東日本・東北のそれよりも高い水準にある。それは被災者の災害に対する抵抗力の問題だけでなく,救援物資輸送にも少なからぬ影響を与える。過去の災害史をひもとくと,救援物資輸送で肩力輸送が大きな役割を果たしたことが読み取れる。こうした物資輸送に携われる労働力の供給においてもこれらの地域は脆弱性を有している。     以上のような状況を想定した時,南海トラフ地震をはじめ将来発生が予想される広域災害に対して,準備しなければならない対応策はまだまだ多いと考える。耐震工事や防波堤,避難路などの災害そのものに対する対策だけではなく,被災直後から始まる救援活動をいかに迅速かつ効率よく実施できるかということについてである。その際,被災地における必要な救援物資の種類と量を想定すること,救援物資輸送ルートの災害に対する脆弱性を評価し,適切な迂回路を設定すること,それに応じて集積した物資を被災地へ送付する前線拠点や後方支援拠点を適切な場所に設置すること等々,自然地理学,人文地理学の枠組みを超えて,地理学がこれまでの成果を踏まえた貢献ができる余地は大きいのではないか。議論を喚起したい。
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.86, no.3, pp.288-299, 2013-05-01 (Released:2017-12-05)
参考文献数
24
被引用文献数
1 2

本稿では,川崎市北部において,医薬分業が大病院で実施されるのに伴い,ICTを活用して医薬品を安定供給できるシステムがどのように整備されたのかを明らかにした.流通システムの整備には,差別化の手段として流通システムへの大規模投資を行った医薬品卸の経営戦略と,薬局へのICTの導入率を高める役割を担った薬剤師会による仲介が不可欠であった.川崎市北部は医療サービスに対する需要が大きい,人口に比して薬局,病院,入院病床などの医療資源が不足している,医療資源の多くを大病院に依存している,といった大都市圏特有の医療環境を有する.こうした環境を踏まえ,医薬品卸は情報システムへの大規模投資を行い,薬剤師会はすべての薬局が医薬品にアクセスできるよう,個々の薬局の利害を代表して,ICTの導入を間接的に支援した.こうした環境に対応した関係主体の行動によって,医薬品の安定供給においてICTの機能が発揮されることが明らかになった.
著者
松山 侑樹 遠藤 尚 中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.40-55, 2016 (Released:2016-06-23)
参考文献数
21

本稿は,高知県高知市におけるコンビニエンスストア(コンビニ)の立地要因を地理的条件から明らかにした.高知市におけるコンビニの立地は,他都市とは異なった展開を示した.高知市では,出店初期の1980年代に,主要道路沿い以外の地域への出店が多く,1990年代には,主要道路沿いへの出店が増加した.しかし,2000年代以降,他の地方都市と同様に,高知市においても,都心内部への集中出店や商圏環境の多様化がみられるようになった.外部条件の変化のうち,高速道路網の整備が,大手チェーンの参入および地元チェーンの出店戦略の変更を促進する要因として示唆された.特に,高知市では,地元チェーンがエリアフランチャイズ契約を通じて,県外資本のチェーンを運営している.したがって,契約条件の変更が,コンビニの立地パターンを劇的に変化させる要因の一つとなったことが明らかとなった.
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.21-39, 2016 (Released:2016-06-23)
参考文献数
30
被引用文献数
1

本稿では,高知県高知市における街路市出店者へのアンケート調査をもとに,ローカルな流通システムの展開とその空間特性を明らかにした.特に,出店者の商品調達から販売に至る行動に着目し,全国的に衰退過程にある定期市が,高知市において存続している要因について検討した.出店者の大部分は,自家生産によって農産物,花卉,青果,茶などを収穫したうえで,販売していた.しかしながら,出店者数の減少と高齢化が進行していた.夫婦2人で運営している出店者が多く,自家生産のみによる農産物の販路を,街路市以外に求める出店者の割合が高くなっている.その反面,街路市は対面販売を基本としており,出店者は街路市に対して,顧客とのコミュニケーションに楽しみや,生きがいを感じていた.ただ,今後も出店者に出店継続の意思はあるものの,後継者が確保できていないことが,多くの出店者にとっての課題となっていた.
著者
和田 崇 荒井 良雄 箸本 健二 山田 晴通 原 真志 山本 健太 中村 努
出版者
県立広島大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2011-04-01

本研究では,日本の諸地域における通信インフラを活用した情報生成・流通・活用の実態を,いくつかの事例分析を通じて解明した。まず,通信インフラ整備の過程を地方行政再編とデジタル・デバイドの2つの観点から把握・分析した。そのうえで,医療と育児,人材育成の3分野におけるインターネットを活用した地域振興の取組みを,関係者間の合意形成と連携・協力,サイバースペースとリアルスペースの関係などに着目して分析した。さらに,地方におけるアニメーションや映画の制作,コンテンツを活用した地域振興の課題を指摘し,今後の展開可能性を検討した。
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.72, 2009

<b>I.はじめに</b><br> 日本の医薬品業界は2009年6月に改正薬事法が施行されたことでコンビニやスーパーで大半の一般用医薬品が販売可能となるなど、制度環境が激変しており、流通システムの再編が予想されている。そうした動きに流通の中間段階に位置する医薬品卸売業も対応を迫られている。1990年代以降、医薬品卸は大規模化し現在では大手4社で8割のシェアを占めるに至っている。この寡占状態は10年前の米国と同様の状況であり、両国の国民性や制度環境は異なるにもかかわらず、卸売業の再編成の方向性について共通点が多い。したがって、今後日本の卸売業の役割はいかに変化するのかを占ううえで海外の動向は示唆に富んでいる。<br> 本発表は、米国の卸売業のビジネスモデルや空間的展開を概観することで、日本の医薬品卸売業が業界において果たしている役割を相対化することを目的とする。<br><br><b>II.米国における医薬品卸売業の再編</b><br> 米国では日本と異なって、民間による医療保険制度が充実しており、薬価も一部公的に償還されるものを除いて市場で決定される。医薬品の価格交渉は製薬メーカーと保険会社から委託された医薬品給付会社(PBM=Pharmacy Benefit Management)との間でなされることが多い。しかし、PBMは配送機能をもたないため、医薬品卸が医薬品の配送を請け負っている。医薬品卸を経由する処方薬の割合は30年前に5割程度であったが、現在は8割にまで高まっており、流通システムにおける卸の存在感はむしろ高まっている。それにもかかわらず、利幅は縮小しており、規模の拡大と、定期配送を原則とした徹底した物流効率化が実現している。さらに、追加サービスを利用した分の料金を徴収する体系が確立しており、情報の付加価値利用を利益に還元する仕組みが整っている。米国の医薬品卸には日本のMSにあたる営業マンは存在せず、その存在価値を物流機能と情報提供機能でアピールせざるを得なかった。卸各社は自社の競争優位を獲得するため、情報化を活用した支援情報システムを調剤薬局に提供しており、1990年代半ばには受発注などの定型業務をはじめ、従業員教育、カード決済、経営戦略情報まで網羅したメニューを揃え、日本よりも早くからリテールサポートを充実させてきた。<br> 米国の医薬品卸は合併再編を繰り返して、物流や情報機能を強化するための投資余力を向上させるとともに価格交渉力を高める努力をしてきた。1980年に約140社あった医薬品卸は、現在では37社に集約され、大手3社(マッケソン、カーディナル・ヘルス、アメリソース・バーゲン)で95%のシェアを握る寡占市場が形成されている。<br> 米国の配送システムは1日1回の定期配送が基本である。その背景にはHMO(Health Maintenance Organization)やPBMが医師や薬局を指定することで、薬局の需要予測が容易になるという取引上の要因と、夜間に高速道路を利用して広範囲の配送圏をカバーできるという技術的側面が影響している。物流センターは1社平均5ヵ所であり、西低東高の分布傾向を示すが、その規模は年々拡大している。大手3社についてみると、本社の位置はそれぞれ異なるものの、物流センターの分布密度は各社とも2州に1カ所程度である(図)。30の物流センターが全米をテリトリーにすると、1センターが日本の面積とほぼ同程度の広範囲をカバーすることから、米国では日本の小規模分散型物流システムとは対照的な大規模集約型システムが浸透している。<br><br><b>III.日米における医薬品卸のビジネスモデルと空間的展開</b><br> 米国の医薬品卸は近年、単価が決まった在庫、営業、配送、棚割りといった各サービスに対して利用分を請求する出来高払い(Fee-For-Service)方式を採用している。これによって、薬局や病院の在庫管理、トレーサビリティの導入による医薬品の品質管理、薬局のフランチャイズ事業など付加価値を収益に結びつけつつある。翻って、日本では小規模かつ多数の顧客への営業機能を維持しながら、多頻度小口配送を実現してきた。また製薬事業や薬局事業への進出もみられる。しかし、米国のように付加価値を収益の柱とするビジネスモデルが確立しておらず、米国ほど物流拠点の集約化は進んでいない。日本の医薬品卸は取引先との力関係上、営業機能を残しつつ、物流拠点の集約化と分散化のバランスをとらざるを得ないのが現状である。
著者
中村 努
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2020, 2020

<p><b>Ⅰ.はじめに</b></p><p> 本発表では,COVID-19の感染拡大に伴って,地域包括ケアシステムにかかわるアクターの行動がどのように変化したのか,今後の感染防止策を踏まえて,地域包括ケアシステムにいかなる対応が求められるのか検証する。従来,地域包括ケアシステムは,地域内外の資源のネットワークに基づいて形成されてきたが,このことは地域によってシステムの形態にバリエーションを生ずることとなった。この地域差がCOVID-19の脆弱性や対策のあり方を決定付ける,いわば要因となって,地域包括ケアシステムにいかなる地域差を新たに生ずるのか考察する。</p><p></p><p><b>Ⅱ.COVID-19感染症対策にみる国別の合理性のバランス</b></p><p> COVID-19の感染拡大の時期において,各国政府が採用した3つの合理性のバランスは図のように整理できる。欧米では,感染者の急拡大を受けて,都市封鎖や厳しい外出規制を敷くようになった国が多くみられる。ただし,スウェーデンは厳しい外出規制を敷かずに,集団免疫の獲得という例外的な措置を採用し続けた。ブラジルも同様に経済活動の維持を基本とした戦略を採用している。一方,中国や韓国,台湾では,ICTによる行動監視という医学的合理性の追求が早期の感染収束に貢献したといわれる。ただ,こうした政策の違いが感染拡大の防止の成否を分けたとは必ずしも言えない。この分類はあくまで感染拡大時の政府の対応を大別したに過ぎず,福祉国家論の枠組みでは差異の要因を説明しきれない。それぞれの政策は,国や地域によって異なる歴史的文脈において,固有の政治,制度,文化,経済の各要素が相互に関連しあうプロセスの帰結とみなせる。今後はウイルスと国内外のアクターとの関係の変化を,長期にわたるプロセスにおいて解釈していく必要がある。</p><p></p><p><b>Ⅲ.地域格差の拡大の可能性</b></p><p> 日本政府が採用した政策は,医学的合理性と経済的合理性を両立させるため,都市封鎖を伴わない比較的緩やかな外出規制にとどまった。しかし,社会的合理性の視点の欠如によって,高齢世帯や障がい者,ひとり親世帯,生活困窮世帯などへの従来の支援が損なわれる可能性がある。彼らはリテラシーの欠如や通信環境の整備にかかる費用負担の大きさから,デジタル格差の被害者にもなりやすい。こうした支援の欠如をカバーする,ソーシャル・キャピタルもまた乏しく,特に人口密度の低い中山間地域において,平常時においても孤立する傾向にあると推察される。他方で,人口密度の高い都市部においても,平常時から長期の自宅待機による虚弱化や孤立が予想され,コミュニティ機能の希薄な地域では必要な支援が行き届かない可能性が高い。以上の地理的条件は,自然災害の発生時に,支援格差としてより先鋭化して現れると考えられる。</p><p></p><p> 医療・介護事業者は非感染患者の外出控えや感染患者への対応を背景に,利益の確保に苦慮している。再び感染症が拡大すれば,閉鎖や倒産による医療・介護崩壊の懸念がある。その空白地域を埋める最後の砦として,子ども食堂や小規模多機能拠点の役割期待がある。しかし,運営者の多くは,COVID-19の感染リスクの懸念と,支援継続の意志との間で揺れ動きながら,十分な支援を実施できていなかった。こうした草の根ともいえる活動団体の運営者とその潜在的利用者もまた,ウィズコロナ政策の被害者といえる。結果として,支援の地域差を伴った地域包括ケアシステムの空間的変容が生じているものと考えられる。</p>
著者
荒木 一視 岩間 信之 楮原 京子 熊谷 美香 田中 耕市 中村 努 松多 信尚
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.526-551, 2016 (Released:2017-03-29)
参考文献数
40
被引用文献数
2

東日本大震災を踏まえて,広域災害発生時の救援物資輸送に関わる地理学からの貢献を論じた.具体的には遠くない将来に発生が予想される南海トラフ地震を念頭に,懸念される障害と効果的な対策を検討した.南海トラフ地震で大きな被害が想定される西南日本の太平洋沿岸,特に紀伊半島や南四国,東九州は主要幹線路から外れ,交通インフラの整備が遅れた地域であると同時に過疎化・高齢化も進んでいる.また,農村が自給的性格を喪失し,食料をはじめとした多くを都市からの供給に依存する今日の状況の中で,災害による物資流通の遮断や遅延は,東日本大震災以上に大きな混乱をもたらすことが危惧される.それを軽減するためには,迅速で効果的に物資を輸送するルートや備蓄態勢の構築が必要であるが,こうした点に関わる包括的な取組みは,防災対策や復興支援などの従来的な災害対策と比べて脆弱である.
著者
中村 努
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨
巻号頁・発行日
vol.2006, pp.5-5, 2006

<B>はじめに</B><BR> 戦後、メーカーの系列下で配送業務のみを担当していた医薬品卸は、1992年に仕切価制度が導入されて以来、自ら価格設定を行う必要に迫られた。また同年、薬価算定基準が改定されたことによって、薬価差が縮小している。<BR> 一方、医薬品流通の川上に位置し、新薬の研究開発費を捻出したい製薬企業は、医薬品に高い仕切価を設定しようとする。他方、川下に位置する医療機関や薬局も、診療報酬における包括支払い制度の導入や、医薬分業の進展によって、医薬品へのコスト意識が高まっており、値引きと高頻度の配送を要請している。<BR> 医薬品卸は1990年代後半以降、合併再編や淘汰、業務提携を繰り返して4グループに集約されつつある。さらに、製薬企業の物流代行や医療機関の在庫管理など、従来の配送業務にとどまらない情報サービスを提供することで、顧客との取引を維持、拡大しようとしている。<BR> 本発表では、再編が進む医薬品卸売業の経営戦略と新たな情報サービス機能の実態を把握して、医薬品卸が日本の医薬品流通において果たす役割を検証する。<BR><BR> <B>4大卸グループによる全国ネットワークの形成</B><BR> まず、連結売上高における規模の大きい順に、各医薬品卸グループの経営戦略の特徴を整理する(第1表)。<BR> 連結売上高1位のA社は、2005年4月に日用品卸と合併したことによって、医薬品に加えて、化粧品や日用品を一括して納入できる配送体制を構築した。商圏は子会社を中心とした沖縄を除く地域となっている。また同社は、商社と提携して院内物品管理(SPD)の共同事業を進めるとともに、中国への進出も検討している。<BR> B社は2005年10月、北海道と九州地方以外の販路を確立した。2005年4月以降、女性配送員による多頻度配送を実施して、保険薬局に対する市場シェアを高めている。さらに情報提供会社による医療機関に対する情報提供、医療材料の仕入れ集中化によるSPDの強化、医薬品製造子会社を活用した医薬品の開発、製造などを行っている。<BR> C社は2005年10月、九州4県を商圏とする医薬品卸と業務提携を締結したことによって、その商圏は全国をカバーするにいたった。同社は医薬品製造子会社と医療機器製造子会社を活用して、医療関連製品の開発、販売している。<BR> D社は地方の医薬品卸と提携するグループを、複数形成している。具体的な共同事業を実施していないグループの商圏を除くと、D社の商圏は滋賀、京都、和歌山、沖縄以外の43都道府県である。同社の特徴は、顧客への付加価値を高めるための情報サービス機能を強化していることである。保険薬局や病院、診療所向けの医薬品の発注端末、保険薬局向けの分割販売や在庫処理システム、病院、診療所向けの診療自動予約システムや処方せん送信システムを、それぞれ自社開発したうえで有償で提供している(第1図)。さらに、医療材料を扱う商社と提携することで、SPDを強化している。<BR> このように、医薬品卸4社はいずれも、他の医薬品卸との合併や提携を通じて、全国的な営業網を形成している。また、医薬品市場におけるシェアの大幅な拡大が見込めない中で、他分野への事業に商社など他業種と連携して取り組んでいる。しかし、医薬品卸の経営戦略によって、強化しようとするサービスの内容には違いがみられる。<BR><BR> <B>D社による情報サービス機能の強化</B><BR> D社は4グループのうち、顧客支援のためのサービスにもっとも積極的に取り組んでいる医薬品卸である。同社は、不採算品目の除外を含めた価格改定交渉を進めて取引の正常化を図るとともに、顧客支援システムの導入を拡大している。特に同社の保険薬局向けの有料会員システムは、1998年9月に販売を開始して以来、導入先件数を2006年3月現在で9,800件まで拡大しており、その中心となる分割販売サービスを黒字化した。<BR> しかし、病院向け在庫管理システムの導入先は地域の中核病院である国公立の病床数200床以上の大病院に多い一方、中小病院や診療所向けの販路は少ない。その理由として、大規模病院は情報システム投資余力が大きいうえに、取扱品目数が多いために在庫コスト削減の効果が大きいことが考えられる。<BR><BR> <B>医薬品卸が採りうる経営戦略の方向性</B><BR> 今後、日本の医薬品卸が採りうるビジネスモデルは、1) 欧米の卸が採用する物流特化型、2) 顧客の付加価値を高めるために情報を加工する情報サービス型の2タイプがあろう。医薬品卸は医薬品の配送業務のみでは利益を拡大しにいことから、後者で利益を確保するため、営業マンの削減と情報化投資を並行して進めている。医薬品卸はこのビジネスモデルを確立するため、営業マンを育成すると同時に、システム開発コストを適正な価格に反映させ、医療機関や薬局が有償サービスを付加価値として認識させる必要があろう。
著者
井上 豪 中村 努 石川 一彦 甲斐 泰 松村 浩由
出版者
大阪大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2006

超好熱始原菌Aeropyrum pernix K1株由来のペルオキシレドキシン(Prx)であるThioredoxin Peroxidase(ApTPx)は、チオール依存型のペルオキシダーゼであり、過酸化水素H_2O_2やalkylperoxideを水やアルコールに還元する働きを持つ。ApTPxは、子量20万の10量体蛋白質であり、プロトマー1分子中に3つのシステイン残基(C50,C207,及びC213)を持ち、たとえば、過酸化水素を水に還元する反応を行う。これまでの研究から、ApTPxのアミノ酸配列は1-CysのPrxと相同性が高いのに対し、その反応機構は2-CysのPrxと同様に2つのシステイン残基(C50及びC213)が反応に必須であることが報告されている。本研究課題では、変異体C50S,C20,7S,C213Sの結晶中で過酸化水素と反応させ、中間体構造を低温でトラップしてX線構造解析を行う方法で、ApTPxによるH_2O_2の還元機構の詳細の解明を目指した。その結果、C50SおよびC213SについてX線回折強度データの収集を行い構造精密化中で反応機構に関する知見はまだ得られていないが、C207S変異体からは、Cys50がCys-SHから、Cystein sulfenic acid (Cys-SOH)の状態へと酸化され、S-OH中間体を形成し、配位子数4の硫黄原子(10-S-4)を持つ超原子価構造をとることが判明した(Proceedings of the NattionalAcademy of Sciences USA(PNAS),in press)。
著者
澁谷 啓 川口 貴之 鳥居 宣之 木幡 行宏 石川 達也 齋藤 雅彦 中村 努 加藤 正司
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2010

本研究では,ジオシンセティックスを用いたL型排水盛土防水工を,補強土(テールアルメ)壁工法に適用し優れた効果を確認した.谷埋め盛土など背面側からの浸透水が懸念される箇所で有効に機能するものと思われる.排水機能が健全な状態では震度 6 強~7 強震動観測地区であっても被災を免れると考えられる.また,スラグおよびスラグ混合土を用いた土層の変位量が一般土を用いた場合より小さいこと,また,スラグ補強土壁の盛土造成時の締固め度 80~85%程度でも安全率が Fs=1.6 以上確保できた事実よりスラグ補強土壁が施工性に安全であると判断される.