- 著者
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遠藤 康裕
中澤 理恵
坂本 雅昭
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.2011, pp.Ca0937, 2012
【はじめに、目的】 中学生年代の野球選手では,骨端線の存在や骨の成長が筋・腱に比べ早いといった特徴があり,身体が解剖学的に未熟で成人より脆弱である.これらの特徴より,Little leaguer's shoulder,Little leaguer's elbowなど上肢の障害が多くみられる.また,投球肩障害の評価項目の一つとして,座位での徒手的肘関節伸展筋力の評価が行われており,これにより体幹・肩甲帯のインナーとアウターの筋機能バランスを評価することができると考えられている.臨床でも肩甲帯,体幹の機能低下により肘関節伸展時,脱力現象がみられるものが少なくない.そこで今回は,姿勢による等尺性肘関節伸展筋力の違いと体幹機能との関連を検討し,体幹機能評価としての肘関節伸展筋力測定の有用性を明らかにすることを目的とした.【方法】 対象は中学校軟式野球部に在籍する男子中学生1・2年生23名(年齢:13.2±0.8歳,身長:157.3±8.6cm,体重:49.6±9.9kg)とした. 測定項目は,等尺性肘関節伸展筋力,体幹stability endurance test(以下,stability test)とし,等尺性肘関節伸展筋力については椅子座位,立位の2条件で測定を行った.等尺性肘関節伸展筋力の測定肢位は壁に正対し,肩関節屈曲90度,肘関節屈曲90度位とし,前腕遠位部の高さに合わせて壁に設置した等尺性筋力測定機器μ-tas(ANIMA社製)に5秒間最大努力で肘関節伸展運動を行った.測定された筋力(N)を体重で除し,肘伸展筋力体重比(以下,肘伸展筋力)を算出した.尚,体幹・下肢の固定は行わなかった.Stability testはサイド右・左,体幹伸展・屈曲の4項目とした.サイド右(左)は右(左)側臥位にて右(左)on elbow,体幹伸展はpuppy positionを開始肢位とし,肩関節・股関節・膝関節・足関節が一直線となるように保持させた.体幹屈曲は,膝立て位から体幹と床面が45度となる姿勢を保持させた.全ての項目で姿勢が保持できなくなった時点の時間を計測した. 統計学的解析においては,肘伸展筋力について各条件内の投球側と非投球側間,および各条件間での比較をWilcoxonの符号付順位検定により検討した.また,各条件の肘伸展筋力とstability test間の関連性の検討のために,Spearmanの積率相関係数を求めて,相関分析を行った.危険率5%未満を有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者全員およびチーム責任者に本研究内容,対象者の有する権利について十分に説明を行い参加の同意を得た.【結果】 肘伸展筋力の測定結果は,座位において,投球側172.7±28.7(N/kg),非投球側164.9±24.9(N/kg),立位において投球側142.1±31.3(N/kg),非投球側133.8±22.9(N/kg)であった.Stability testの結果,サイド右は52.5±23.9 sec,サイド左は55.7±31.4 sec,体幹伸展は103.3±44.1 sec,体幹屈曲は35.5±23.1 secであった.各条件内での投球側・非投球側間の肘伸展筋力の比較では,両条件とも投球側が有意に大きかった.2条件間での肘伸展筋力の比較では,投球側・非投球側とも座位が有意に大きかった.肘伸展筋力とstability testの相関関係は,座位の投球側肘伸展筋力とサイド右,体幹伸展,および非投球側肘伸展筋力とサイド右で有意な正の相関が認められた.【考察】 投球動作の運動連鎖について,先行研究では全身を使って投げた場合に比べ,腕だけで投げる場合約50%の速度しか出ないとされおり,下肢・体幹から上肢への効率のよいエネルギーの伝達が重要であると考えられている.しかし,今回肘伸展筋力については,立位よりも座位の方が大きな結果となった.立位では,肘伸展運動時にエネルギーが放散され,座位に比べ筋力が小さくなったと考えらえる.また,肘伸展筋力と体幹stabilityの関連では座位でのみ有意な相関が認められた.立位時には,下肢・骨盤帯が影響するため,体幹stabilityと相関が認められなかったと考える.本研究より,座位での肘伸展筋力の測定により体幹機能の評価が可能であることが示唆された.【理学療法学研究としての意義】 肘伸展筋力の評価が体幹機能の評価として有効であることが示唆された点,中学生野球選手では下肢・骨盤帯の機能低下が上肢機能発揮低下の要因となることが示唆された点で,成長期の投球障害に対する理学療法評価,アプローチにおける提言として大変意義のあるものであると考える.