著者
熊谷 匡晃 岸田 敏嗣 稲田 均
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Cd0839, 2012

【目的】 股関節疾患に伴う跛行としてよく経験するデュシャンヌ跛行は股関節外転筋力の低下で起こると定義されており,経験則的にそのように捉えてしまうことが多い。しかしながら,筋力に問題がないにも関わらず跛行がみられるなど,MMTの結果との不一致を感じることがあり,単なる股関節周囲筋の筋力評価では解釈に難渋することがある。実際には疼痛,関節拘縮(股関節内転制限),脚長差,大腿骨頚部の短縮や骨頭の外上方変位などの骨形態異常による力学的要因などの原因で起こっている可能性もある。本研究の目的は股関節内転制限および外転筋力が跛行に及ぼす影響を明らかにすることである。【方法】 対象は2010年7月~2011年6月までに当院を受診し,大腿骨近位部骨折および変形性股関節症により手術を施行され,転院または退院時に杖なし歩行が可能となった21名とした。疾患内訳は大腿骨近位部骨折16名,変形性股関節症5名であった。荷重時に体幹の代償が見られない正常歩行群をN群(男性1名,女性9名,平均年齢72.9±12.1歳),荷重時に体幹を患側へ傾けるデュシャンヌ跛行群をD群(男性1名,女性10名,平均年齢65.3±9.9歳)の2群に分けた。検討項目は,1)N群とD群における股関節外転筋力,2)N群とD群における股関節内転角度,3)股関節内転角度の違いによる跛行出現率,とした。股関節外転筋力については,徒手筋力測定装置(酒井医療社製,EG‐200)を使用し,側臥位での股関節外転筋力を最大等尺性収縮で3回測定し,平均値を体重で除して標準化(kgf/kg)した。統計処理は両群間の外転筋力と内転可動域の検定にはウェルチのt検定,股関節内転角度の違いによる跛行出現率にはχ<sup>2</sup>検定を用い,有意水準は5%未満とした。【説明と同意】 被検者には,事前に本研究の主旨と内容について説明し,同意を得た。【結果】 患者背景として年齢,性別には両群間で有意差を認めなかった。1)股関節外転筋力は,N群0.17±0.04kgf/kg,D群0.15±0.07kgf/kgで有意差は認められなかった。2)股関節内転角度は,N群14±3.2°,D群6.8±5.1°であり,N群で有意に内転域が大きかった。3)股関節内転角度の違いによる跛行出現率は,股関節内転が5°以下では100%,10°では40%,15°以上では22.2%と内転域の増大とともに跛行出現率が有意に低下した。【考察】 股関節疾患の術後症例において,股関節内転角度の減少がデュシャンヌ跛行の出現に影響を及ぼすことが明らかとなった。一方,股関節外転筋力はデュシャンヌ跛行の直接的な関連因子とは言えなかった。しかしながら,徒手筋力計を用いた等尺性の筋力は時間的要素や空間的要素が考慮されていない出力のみの評価であり,必ずしも筋機能の低下を示しているとは言及できず,今後の検討を要する。股関節内転制限の原因として,変形性股関節症に対するTHAの場合は,骨頭を引き下げることによる外側軟部組織の緊張増大,手術侵襲による筋スパズムおよび術創部の伸張刺激,皮下の滑走性低下などが考えられる。一方,大腿骨近位部骨折の場合は,変股症とは異なり筋の変性はないため,基本的には術後の筋攣縮が考えられる。本研究の結果より,股関節内転角度が5°以下のケースで全例跛行を認めたことは,可動域とデュシャンヌ跛行が関連する可能性を示した上で意義深い。正常歩行における股関節の内転角度は踵接地から足底接地にかけて約4°必要とされているが,立位では外転筋の遠心性収縮の強要とともに筋内圧が高まるため,背臥位で測定した内転角度以下になる可能性が考えられる。デュシャンヌ跛行の原因を筋力の観点からみると,体幹を患側に傾けることは骨頭から重心線までの距離を短くし,弱い筋力で歩行する代償運動と言えるが,股関節内転制限の場合は,骨盤が外方移動できない状態を体幹の側屈で相殺しているという反応と解釈される。つまり,外観は同じでも原因は全く異なる病態であるため,それらを見極める理学療法士の観察力や適切な評価が大切であると考えられた。【理学療法学研究としての意義】 股関節は腰椎や骨盤アライメントとの関連の中で評価することが大切であるが,代償運動を見逃さず,局所としての股関節機能の評価が適切にできることも大切である。エネルギー効率がよく安定した歩行を獲得するためには,股関節内転制限も含めた適切な評価と運動療法を展開していくことが重要である。変形性股関節症に対するTHAと大腿骨近位部骨折に対する人工骨頭置換術では,手術内容はほぼ同様であるが,外傷と変性疾患の違いや年齢,脚長差など患者背景に影響を及ぼす因子が存在するため,今後は症例数を増やした上で疾患別の比較検討についても加えていきたい。

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