著者
新井 武志 大渕 修一
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.EbPI1428, 2011

【目的】<BR> 平成18年4月に介護保険制度が予防重視型システムへ転換が図られ,老年症候群を有するような高齢者,すなわち要支援・要介護状態へ陥るリスクの高い高齢者に対して,運動器の機能向上プログラムなどが実施されることとなった。筋力増強運動については,超高齢あるいは虚弱な高齢者であっても筋力や身体機能が向上することが明らかにされており,様々な介護予防プログラムの中でも,高齢者の虚弱化予防対策の有力な手段であると考えられている。一方,老年症候群の1つとされる低栄養状態は,筋量や筋力の低下などに関係していることが指摘され,特に後期高齢者ではその割合が増加する。介護予防対象者の中には老年症候群を複合的に抱える者も多く,運動器の機能向上プログラムの参加者であっても低栄養状態が認められる者が存在する。しかし,低栄養状態が虚弱高齢者に対する運動介入の効果に影響するのかという知見は得られていない。本研究では、介護予防の運動器の機能向上プログラムに参加した高齢者の運動介入前の低栄養指標(BMIやアルブミン値)が、運動介入による身体機能の改善効果と関係しているのか検討することを目的とした。<BR>【方法】<BR> 対象は東京都A区で実施された運動器の機能向上プログラムに参加した地域在住高齢者44名(平均年齢73.9歳)であった。この対象者は,生活機能評価によって運動器の機能向上の参加が望ましいと判断された特定高齢者であった。対象者はマシンを使用した高負荷筋力トレーニングにバランストレーニング等を加えた運動プログラムを週2回,約3ヶ月間行った。運動介入には理学療法士,看護師などが関与し,個別評価に基づいた運動処方を実施した。身体機能の評価は,運動器の機能向上マニュアルに準じて,5m最大歩行時間,握力,開眼・閉眼片足立ち時間,ファンクショナル・リーチ(以下FR),長座体前屈,Timed Up & Go (以下TUG),膝伸展筋力を測定した。事前事後で有意な改善の認められた身体機能の変化量を算出し,対象者の事前のBMIおよび血清アルブミン値の低栄養指標との関係を年齢と性別を調整した偏相関係数にて検討した。解析にはSPSS17.0を使用し有意水準は危険率5%未満とした。<BR>【説明と同意】<BR> 本研究は,所属機関の倫理審査委員会の承認を得て実施された。参加者に対し,本研究の概要・目的を説明し,学術的利用を目的とした評価データの使用について全員から書面にて同意の意思を確認した。<BR>【結果】<BR> プログラム途中の脱落が3名,事後の身体機能評価の欠席者が4名おり(いずれもプログラムに起因しない理由),37名が解析の対象となった。5m最大歩行時間,FR,TUG,膝伸展筋力(以上P< .01)および長座位体前屈(P< .05)が有意に改善した。運動介入の前後で有意に改善した身体機能評価項目の変化量と,介入前のBMIおよび血清アルブミン値との偏相関関係は,いずれの項目も有意な相関関係を認めなかった。<BR>【考察】<BR> 本研究の結果では,低栄養状態を表す指標と運動介入効果との間には相関関係が認められなかった。つまり,栄養指標が低値の対象であっても,運動介入による身体機能の改善効果が期待できることが示唆された。今回用いた運動プログラムには栄養士などの栄養管理の専門職は置かなかったが,低栄養の傾向がある高齢者であっても,適切な運動介入プログラムを用いて対応すれば身体機能の向上が期待できることを示唆するものであるといえる。<BR>【理学療法学研究としての意義】<BR> 筋力増強運動は,運動療法において重要な位置を占めている。介護予防の運動器の機能向上プログラム参加者の中には低栄養状態の者も散見され,低栄養状態が運動介入の効果に対して負の影響を与えることも考えられた。しかし,今回の運動介入では,そのような結果にはならなかった。理学療法士は評価に基づいて対象者個々の状態を把握し,適切な運動介入を行うことができる専門職である。理学療法士が関与したことによって今回の結果がもたらされた可能性も考えられ,今後介護予防において,理学療法士が運動器の機能向上に積極的に関わり成果を上げることが期待される。<BR>

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