著者
山口 覚
出版者
人文地理学会
雑誌
人文地理学会大会 研究発表要旨
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.505, 2008

1999年に実施された権限委譲によってスコットランドは一定の自治権を得た。スコットランドは1つの国家としての体裁を整えつつあり,独立論も強まっている。しかし外交や軍事とともに移民政策の権限はロンドンのウェストミンスター議会が保持しており,移民政策の実務は内務省が担当している。こうした権力の二重構造にあるイギリス/スコットランドにおいて,アサイラム・シーカー(庇護申請者)がいかに遇されているのかを報告するのがこの発表の目的となる。 アサイラム・シーカーとは,出身国での受難から逃れ,1951年のジュネーブ条約で規定された「条約難民」としての認定を受入国に求める人々のことである。しかしながら,ジョルジョ・アガンベンが言うように,難民やアサイラム・シーカーを「例外状態」として生殺与奪を欲しいままにすることこそが近代国民国家の主権を保障する。よって相当数のアサイラム・シーカーは難民認定されず,国外退去を勧告されるのである。 内務省入国管理・国籍局のもとで2000年に設立されたNASS(National Asylum Support Service)は,アサイラム・シーカーに対して強制分散政策(policy of compulsory dispersal)を採っている。難民認定の審査期間中,アサイラム・シーカーは各地の地方自治体の所有する公営住宅に配分されるのである。これは,できるだけ早く認定難民をイギリス社会に定着させるという建て前のもと,ロンドン周辺へのアサイラム・シーカーの集中を避け,余剰公営住宅のある自治体に負担を分散させるためのものである。その最大の居住地となっているのがスコットランドのグラスゴーである。しかしスコットランド政府は,「自国」内部にいるアサイラム・シーカーを直接支援することも排除することもできない。 アサイラム・シーカーが難民認定されなかった場合には国外退去が命じられる。しかし強制分散政策ではイギリス社会に一定の根を張ることが意図されており,実際にそうなるケースも多い。こうして退去が命じられても残留し続ける者が多数となる。それに対抗して内務省の権限で実施されるのが「朝駆け」(dawn reid)を含む強制退去である。スコットランドでは政府(行政府)を含めてその手法に対する批判が多い。そのため,2007年には「新戦術」として,朝駆けによって拘束されたアサイラム・シーカーがスコットランドにあるダンガヴェル拘留センター(Dungavel detention centre)ではなく,イングランドのヤールズウッド(Yarl's Wood)拘留センターにまで極秘に移送されたケースも確認されている。 スコットランド政府は,「自国」内部でのロンドン/内務省による排除の手法を批判しつつも直接には何もなし得ないため,アサイラム政策を含む移民政策の権限委譲を求めることになる。しかし,もし権限委譲がなった場合には,アサイラム・シーカーの処遇は少しでも良好なものになるのであろうか。

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