- 著者
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深谷 直弘
- 出版者
- The Japan Sociological Society
- 雑誌
- 社会学評論 (ISSN:00215414)
- 巻号頁・発行日
- vol.65, no.1, pp.62-79, 2014
- 被引用文献数
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4
本稿は, 長崎・新興善小学校校舎保存問題を事例として, 建築物・場所をめぐる記憶実践を権力との対抗関係だけに着目するのではなく, 各集団の記憶の対立という視点から, 記憶とモノ, 社会の関係性を検討した. 市の解体決定プロセスと保存をめぐる態度の分析を通じて見えてきたのは, この保存問題は, 保存/解体の対立ではなく, 場所の記憶をめぐる対立であったということである.<br>現物保存を訴えた保存運動側は, 「校舎」が被爆者のかつての治療の場であったことから, 現物保存するよう訴えた. 他方, 再現展示 (メモリアル・ホールとしての保存) を訴えた新興善小学校関係住民は, 「校舎」をあくまで「母校」として捉えていた. そのため, 被爆者の治療の場であった頃の記憶は「校舎」には見出していなかった. むしろ「母校」の中で受け継ぐべき原爆の記憶は小学校内の行事である献花・慰霊祭や平和学習にあった. つまり, 同じ小学校校舎を, 救護所としてみるか, それとも, 母校としてみるのかによって, 両派の保存の態度が違いとなって現れたのである.<br>本稿で明らかになったことは, 被爆建造物の保存において, 同じ建物・場所であっても, 複数の記憶が交錯しているがゆえに, 各場所の記憶同士の対立や矛盾があるということ, モノそれ自体がもつ原爆体験を想起させる力は, 保存を主張する側の文脈に沿って, 都合よく創られるものではないということである.