著者
松崎 朝樹
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.172-175, 2015

【要旨】マジック=手品とは、マジシャンが巧妙な方法を用いて見る者の目をあざむき数々の不思議なことをしてみせる芸である。実際に奇跡が起きる訳ではないが、そこには人が持つ、認知を主とした様々な精神の機能が関与している。マジックを成立させる上で、秘密を特定するに至る光学的情報の抑制、情報のピックアップを妨げること、あり得ない出来事を思わせる情報を作りだすことの3つが重要となる。マジシャンが隠すべき秘密に警戒心を持てば観客にもその警戒心が、そして秘密の存在が伝わるものであり、マジシャンは隠すべきところの緊張感を消すように努めている。人は物事を個々ではなく集合、すなわちゲシュタルトとして認識する力を持っており、その際には真の正確さよりも、自然さが優先されている。それにより人は、情報が完全にそろわずとも推測で補い物事を迅速に処理することを可能にし、細部を過剰に認知せずに処理することで費やす認知リソースを節約できる。その推測で保管された認識と現実の狭間に秘密を隠しこむのがマジシャンの技術である。人は物事に疑問を抱くと考え、何らかの答えを得たところで、その疑問に対する思考を終える。これは認知リソースを節約するための機能だが、マジシャンは偽りの答えを観客に提供することで、秘密を探る観客の思考を止め、惑わすことに成功している。しばしばマジックでは起きる現象を予告しなかったり、わざと疑うべき点を多数残したりすることで、「いつ」「どこ」を疑うべきかを不明確にし、マジックの秘密に気付くことを防いでいる。さらに、観客にトランプを覚えたり道具を調べたりするなどのタスクを課し、さらには、動く物体や視線などに向けられる自動的な注意を引き出すことで、マジックの秘密を探る観客の注意を操作して情報のピックアップをコントロールしている。これらの現象は、観客が正常の認知機能を有するからこそ成り立つことであり、マジックを不思議だと思えてこそ正常と言えよう。人がマジックに非現実を見る機能を通すことで、日常的な人の認知機能につき理解は深まる。

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