著者
相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.101-107, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
20

【要旨】脳の成長とは、脳が大きくなり、安定した構造に近づくことである。生態学の研究から、猿類の大脳皮質の大きさは、群れの社会構造の複雑さ(social size)に比例していることが報告されている。社会適応に必要とされるヒトの前頭葉、前頭前野の体積を3D-MRIで定量的に測定したところ、前頭葉に対する前頭前野比は乳児期から8歳頃まで年齢とともに緩やかに増大し8~15歳の思春期前後で急速に増大した。前頭葉は、可塑性はあるものの脆弱性の期間が長いことが想定される。脳の成熟とは、脳内情報処理過程が安定した機能になることで、神経科学的には情報処理速度が速くなること、すなわち髄鞘形成として捉えられる。生後1歳では、後方の感覚野が高信号となり、生後1歳半になると前方の前頭葉に高信号が進展した。これらの成熟過程は1歳過ぎに認められる有意語表出、行動抑制、表象等の前頭葉の機能発達を保障する神経基盤と考えられる。認知・行動発達を前頭葉機能の発達と関連させながら考察してみると、その発達の順序性は、まず行動抑制が出現することで外界からの支配から解放され表象能力が誕生する。次にワーキングメモリ、実行機能が順次認められてくる。実行機能を遂行するには将来に向けた文脈を形成しなければならない。文脈形成の発達は、右前頭葉機能である文脈非依存性理論から左前頭葉機能である文脈依存性理論へ年齢とともにシフトしていくことものと考えられる。一方、身体反応として情動性自律反応が出現しないと社会的文脈に応じた意思決定ができず、その結果適切な行為が行えないことも明らかとなってきた。
著者
植村 研一
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.23-29, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
8

8年間も英語を学習した大学卒業生のほとんどが英語を駆使できないのは日本における英語教育の失敗である。短期間に役立つ外国語教育に成功している外国の例は驚異的である。人間の脳は言葉を聞いて自然に理解でき、話せるようになる。Bilingualの脳にはそれぞれ独立した言語野が形成されるが、これはlistening practiceから入った教育の成果であって、単語と文法を使った直訳を通した外国語学習では、何年続けても独立した言語野は形成されないし、駆使できない。日本の外国語教育の失敗の原因は脳の言語習得機構を無視した結果である。著者の効果的教授学習法を紹介する。
著者
川合 伸幸
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.103-109, 2011 (Released:2017-04-12)

ヒトにとって、「目につきやすいモノ」がある。あるモノは、背景の色や形態との違いによって目立つが、通常の視覚情報処理経路とは異なる、上丘を介した経路(網膜→上丘→視床枕→扁桃体)で伝えられるために見つけやすい対象がある。怒り顔やヘビである。これら脅威の対象をすばやく見つけられることで、危険な状況での反応(闘争や逃走)の準備が効率化し、生存に有利になると考えられる。私たちの研究で、3 歳児の子どもであってもヘビをすばやく見つけることがわかった。そのことは、脅威の対象がバイパスして扁桃体に伝わるのは生得的であることを示唆しているが、学習によってもバイパスされるようになる。そこでヘビが生得的な脅威の対象であるかを調べるために、実験室で生まれヘビを見たことの無いサルで視覚探索実験を行った。その結果、サルもヘビの写真をすばやく見つけた。すなわち、サルやヒトは進化の過程でヘビを生得的に脅威を感じる対象としたと考えられる。ただし、サルを直接ヘビと対面させたところ、ヘビを怖れる個体と、まったく怖れない個体がいた。ヒトでは、怒り顔など恐怖の対象に対する感受性が、セロトニントランスポーターの多型性と関連しているとされる。近年マカクザルでも同じ多型性があることが報告されている。そこで、遺伝子の多型性を分析し、ヘビへの恐怖との関連を検討した。これらの恐怖反応の個人差と遺伝子の多型性の関連についても考察する。
著者
杉下 守弘
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.51-67, 2012 (Released:2017-04-12)

大正天皇(1879-1926)は大正三年、陛下三十五歳の頃に緩徐性進行性疾患に罹かられた。稀に見る珍しい御病気といわれ、いまだ不明のままである。このため、色々な憶測が行われている。本稿はこのような迷妄を打破するため、大正天皇のおそば近くに居られた方々の日記、侍医や宮内庁御用係による拝診書や御容態書、および大正天皇実録などを検討し大正天皇の御症状、御病気、およびその原因を明らかすることを試みた。大正三年(1914)、発話障害(恐らく、失語症、しかし構音障害の可能性もある。)で始まり、その後、前屈姿勢が生じた。大正四年(1915)、階段の昇降に脇からの手助けが必要となった。四年後(大正七年、1918)の11月には発語障害は増悪し、軽度の記憶障害が認められた。五年後(大正八年、1919)には歩行障害が生じた。その後、これらの症状の増悪とともに、大正十年(1921)末には御判断及び御思考なども障害され認知症となられた。大正天皇の御病気は、初発症状が「失語症」なら「原発性進行性失語症」と推定される。「原発性進行性失語症」は言語優位半球(通常は左大脳半球)の前頭葉、側頭葉および頭頂葉のうちの少なくとも1つに脳萎縮がおこり、はじめに顕著な失語症を生ずる。その後、脳萎縮が広がるにつれ、失語症は徐々に増悪し、さらに記憶、判断、思考なども障害され、認知症となる。「原発性進行性失語」には三つの型があり、大正天皇の御症状はそのうちの「非流暢/ 失文法型」の可能性がある。初症時の発語障害が失語症ではなく、構音障害の場合は「大脳基底核症候群」が考えられる。「大脳基底核症候群」は、一側優位の大脳半球皮質と皮質下神経核(特に黒質と淡蒼球)などの萎縮でおこるといわれる症状で、中年期以降に徐徐に始まり、ゆっくり進行する運動及び認知機能障害である。「原発性進行性失語症」あるいは「大脳基底核症候群」などを起こす原因については現在のところ明らかにはされていない。大正天皇は御降誕後一年の間に二回、鉛中毒が原因の可能性がある「脳膜炎様の御疾患」に罹患された。幼少時に脳疾患に罹り、その症状が完全になくなり、しかも長年にわたり症状が無くても、その幼少時の脳疾患が原因で別の神経変性疾患をおこすということはありうることである。したがって、御降誕後に二回罹患された脳膜炎様の御疾患は「原発性進行性失語症」あるいは「大脳基底核症候群」の危険因子(病気を引き起こしやすくする要因)と考えられる。

33 0 0 0 OA 脳や行動の性差

著者
四本 裕子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.62-68, 2021 (Released:2022-01-15)
参考文献数
34

【要旨】認知神経科学や心理学の研究では、性別を独立変数として、測定した従属変数に性差があるか否かを扱うことがある。そこで優位な性差が報告される場合もあるし、されない場合もある。研究で明らかにされた性差を解釈する際は、その差が性的二型ではないこと、出版バイアスの影響があること、必ずしも生得的な因果関係を意味しないこと、そして、脳や行動の性差は多次元的であるという理解が必要である。本稿では、一般的に信じられている性差の例を用いてその差の解釈について議論する。そして、性差が差別の正当化や格差の固定に使われた例を挙げ、社会・教育、脳、行動・思考の相互関係における性差の意味を正しく理解することの重要性について考える。
著者
鈴木 浩太 稲垣 真澄
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3+4, pp.165-171, 2018 (Released:2019-02-01)
参考文献数
20
被引用文献数
5

【要旨】本研究では、読み書きの困難さを主訴に受診した8歳10カ月男児をMovement Assessment Battery for Children-Second editionにより発達性協調運動障害(Developmental Coordination Disorder : DCD)であると診断し、対象児の特性に合わせた漢字指導を実施した。対象児は、知的水準よりも、読み書きの学力が低く、読み書きの困難さがあることが示された。読み書きの困難さの背景に、運動の不器用さと視知覚能力の低下が想定された。そこで、書字表出を最小限にし、良好な認知機能で漢字形態の知覚を補うことを目的として、聴覚法(音声言語化して覚える方法)と指なぞり法(大きな文字を指でなぞる方法)を併用した。漢字指導は、9歳10カ月~10歳10カ月の期間に実施し、小学校3年生の配当漢字を用いた。その結果、対象児は、多数の漢字を習得し、DCD児に対する漢字指導において聴覚法と指なぞり法の併用が有効である可能性が示唆された。
著者
宮﨑 圭佑 山田 純栄 川崎 聡大
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3+4, pp.87-92, 2023 (Released:2023-07-06)
参考文献数
20

【要旨】 文字や図形の認知に課題を抱える児童の視覚認知過程の弱さが報告されている。このような視覚認知過程の問題に対して、触覚を利用した学習支援が試みられており、学術的な根拠に基づいた効果の検証が求められている。本研究では、視覚性記憶検査であるRey-Osterrieth複雑図形検査 (Rey-Osterrieth Complex Figure Test:以下ROCFT)に着目し、独自に加工した立体図版を作成して触覚学習実験を行った。触覚学習がROCFTの成績向上にどのような影響を与えるかを調べることで、視覚記憶への寄与について検討した。対象者はVision-Haptic群(V-H群)とVision群(V群)の2群に分けられた計52名の健常成人である。1回目再生課題を実施した直後に、V-H群は立体図版を「見ながら触れる」再学習を、V群は通常図版による「見る」再学習を行った。この再学習から24時間後に2回目の再生課題を実施した。ROCFTの得点を従属変数、学習方法の違いによる群と学習の事前事後を独立変数とし、二元配置分散分析を行った。さらにROCF総得点に加えて、図形を3つの下位ユニット(外部、部分、内部)に分けて、ユニットごとの得点も同じ手法で分析した。結果、2群間の交互作用が有意となりV-H群はV群よりROCFT再生成績の向上が大きいことが分かった。V-H群においては、視覚と触覚の2つの手がかりを利用することで、よりROCFの外部形状を中心とした精緻かつ具体的なイメージの形成と表出が可能になったと推測する。触覚-視覚情報の認知的統合が視覚性記憶を促進させる可能性を確かめられた。
著者
本田 秀夫
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.33-39, 2017 (Released:2017-08-09)
参考文献数
8

【要旨】発達障害は、何らかの特記すべき精神機能の特性が乳幼児期からみられ、その特性が成人期も残ることによって生活に支障をきたすグループである。DSM-5で「神経発達症」というグループ名が採用されたことからもわかるように、このグループに属する障害はいずれも何らかの神経生物学的異常が想定されている。 発達障害の特性の有無あるいはその程度は、社会適応の問題の深刻さと必ずしも線形の相関関係にはない。特性を有しながらも成人期には治療や福祉的支援を要しないケースもあることから、発達障害の少なくとも一部は疾病というよりも生物学的変異とみるべきである。一方、環境因に基づく二次的な問題が重畳することによって、今度は逆にきわめて深刻な精神疾患の状態に陥ることがしばしばある。大人の発達障害の診断には、「発達障害であるか否か」ではなく、「発達障害の要因がどの程度その人の精神状態および生活の質に影響を及ぼしているか」という視点が必要である。 発達障害の認知構造および発達の道筋は独特である。従来の研究は、発達障害の人たちがそうでない人に比べて何がどう劣っているのかという視点に基づくものが多かったが、今後は特有の認知スタイルとは何か、発達障害の特性を有する人たちが二次障害を被らずに社会参加できるよう育っていくために必要な特有の発達の道筋は何か、などに関する研究が求められる。
著者
杉下 守弘 腰塚 洋介 須藤 慎治 杉下 和行 逸見 功 唐澤 秀治 猪原 匡史 朝田 隆 美原 盤
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.91-110, 2018 (Released:2018-06-26)
参考文献数
21
被引用文献数
7

【要旨】Mini-Mental State Examination(略称MMSE)は世界で最も使用されている認知症スクリーニング検査(原版は英語)といわれている。しかし、その日本語版は、翻訳や文化的適応が適切でないものが多く、十分な標準化も行われていなかった。MMSE原版は国際的に使用されているので、日本のデータと世界の他の国のデータを比較するために、MMSE原版と等価なMMSE日本語版の作成は急務と考えられた。そこで、2006年、原版に忠実な翻訳と適切な文化適応を目指したMMSE日本語版(MMSE-J)が作成された。MMSE-Jは国際研究「アルツハイマー病神経画像戦略(ADNI)」の日本支部(J-ADNI)で使用され、そのデータを基に、2010年、MMSE-Jの妥当性と信頼性が検討された。 ところが、2012年3月、日本のADNI(J-ADNI)データの改ざんが指摘され、2014年3月には東京大学調査委員会に改ざんやプロトコル違反など問題例が報告された。その後、第三者委員会報告書はこれらの問題例を問題ないとした。しかし、この判断は誤りであることが明らかにされた11-13)。 杉下ら (2016)は、杉下らの論文(2010)のJ-ADNIデータのうち改ざんやプロトコル違反などの問題例を削除してMMSE-Jの妥当性と信頼性の訂正をした。また、次の3つの問題を指摘した。1)日本の被験者では 100-7課題が難しくはないので、100-7の代わりに逆唱を行うのは適切でない。2)J-ADNIのデータには、AD、MCIおよび健常者の診断がMMSE 得点を見て行われている例があり、算出された妥当性に問題がある。3)J-ADNIデータはMCIのADへの変換率が通常の研究に比べ約2倍であるなど問題があるので、日本のADNIのデータを使用せず、新たにデータを集め、信頼性と妥当性を検討する必要がある。本研究ではこれら3つの問題を解決し、MMSE-Jの標準化を完成するため、1)100-7と逆唱の問題はMMSE(2001)の注意・計算課題を施行して検討した。2)妥当性の検討では、外的基準としてDSM-5 とFASTを用い、その後、MMSE-Jを行った。3)J-ADNIのデータを使わず、新たに381例のデータを集め、標準化を行なった。妥当性と信頼性は100-7を拒否した2例を除き379例を対象として検討した。 その結果、MCI群と軽度AD群では性別、年齢、教育年数は得点に影響しなかった。健常者群では教育年数が低い場合と、年齢が高い場合、MMSE-J得点が低かったが、性別は得点に影響しなかった。被験者で100-7課題が出来ない者は5名、拒否した者は2名でごく少数であった。ROC分析で、MCI群と軽度AD の最適カットオフ値は23/24(感度68.7%、特異度78.8%)、健常者群とMCI群の最適カットオフ値は27/28(感度83.9%、特異度 83.5%)であった。MMSE-J原法の最適カットオフ値の弁別力は健常者とMCIとの弁別には満足のいくものである。しかし、MCIとADとの弁別は満足できる程度より低い。これらの結果は、MMSE-J原法が高くはないが妥当性があることを示している。再検査を行った67例のtest-retest の相関係数は0.77であり、再検査信頼性は高い。本研究で得られたMMSE-J原法の妥当性と信頼性は、MMSE-J原法が認知症のスクリーニング検査として使用可能であることを示している。内容目次はじめにI. 方法 1. 対象とした被験者 2. 被験者の分類 3. MMSEの注意・計算課題の施行法 4. 本研究で検討した4つの研究課題II. 結果 1. MMSE-J原法の「計算・注意課題」の検討 2. MMSE-J原法得点 への性別、年齢および教育年数の影響 1) 健常者のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 健常者A群175名(23-88歳)の分析 健常者B群127名(55-88歳)の分析 2) MCI群のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 3) 軽度AD群のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 4) 健常者の年齢別のMMSE-J原法得点 3. MMSE-J原法の妥当性とカットオフ値 1) 健常者B群(55歳以上)対MCI群の最適カットオフ値 2) MCI 群 対 軽度AD 群の最適カットオフ値 3) 健常者BおよびMCI群 対 軽度AD 群の最適カットオフ値 4. MMSE-J原法の信頼性III. 考察 1. MMSEの翻訳の問題点 1) MMSE1975年版の翻訳の問題点 2) MMSE2001年版と日本語版MMSE 2. 日本語版MMSEの著作権 3. MMSE-J原法の標準化の長所 4. MMSE-J原法の「計算・注意課題」について 5. MMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 6. 妥当性およびカットオフ値について 7. 再検査信頼性について 8. MMSE-J原法のスクリーニング検査としての役割おわりに
著者
勝二 博亮
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.19-30, 2021 (Released:2021-09-14)
参考文献数
20

【要旨】 本研究では通常の学級に在籍する漢字書字に困難を示す小学校4年生(9歳)の男児を対象として、子どもの認知特性と書字エラーの特徴から支援方法を考案し、その効果を検証した。青木・勝二(2008)6)を参考に、子どもの書字エラーを分類し、全体的な形態イメージが既に保持されているが、細部に誤りがみられる漢字については「正字選択の確認課題」による指導を、それ以外の漢字には「組合せパズル課題」による指導を実施したところ、いずれも学習漢字の70%以上を書字できるようになった。さらに、子どもが自主的に学習できるように、それぞれの課題について自ら教材を作成して課題に取り組むような「自主的学習に向けた支援」を実施したところ、教材をあらかじめ用意しなくても、学習漢字の70%以上を書字できるようになった。このことから、自主的学習に向けた支援でも高い支援効果が得られることが示唆された。
著者
中川 栄二
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.9-14, 2016 (Released:2016-12-06)
参考文献数
15

【要旨】発達障害とは、先天的な様々な要因によって乳児期から幼時期にかけてその特性が現れ始める発達遅延であり、主な発達障害には、知的障害(ID)、自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)などがある。発達障害ではてんかんの併存や脳波異常を認める割合は高く、抗てんかん薬の治療効果が報告されている。自験例220例での検討では、脳波異常76%、てんかん併存40%、睡眠障害を34%に認めた。脳波異常は、入眠時に前頭部優位の高振幅鋭波や徐波、高振幅律動性速波がASDで55%、ADHDでは64%と高頻度に認められた。脳波異常を認めるASDでは、抗てんかん薬内服で生活の質の改善が75.5 %で認められ、脳波異常を認めるADHDでは、抗てんかん薬内服で生活の質の改善が70.5%で認められた。発達障害と脳波異常の関連については、特に前頭葉の抑制系機能の未熟性や機能低下が認知機能や抑制機構に影響を与えていると考えられ、てんかんを伴うとさらに抑制機能が低下することが示唆された。

15 0 0 0 OA 美の認知

著者
川畑 秀明
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.84-88, 2011 (Released:2017-04-12)
被引用文献数
1

人は何に、どのように美を感じるのであろうか。芸術や美をめぐる問題は自然科学 からのアプローチが極めて稀であったが、近年の機能脳画像の手法の進歩はそれを可能にし た。この神経美学は、人文科学の問題を自然科学の手法を用いて明らかにしようとするた め、その問題の所在が自然科学者には分かりにくい点も多い。本稿では、哲学から心理学、 脳神経科学に至る美の認知研究の課題を整理した上で、美の本質、基準、過程という3 つの 問題に対するアプローチの例を紹介しながら、美の認知研究の枠組みを論じる。
著者
渡辺 茂
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3+4, pp.109-117, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
16

【要旨】本稿では動物における共感とはどのようなものであるかを述べ、特に共通経験の役割を論ずる。他個体の嫌悪の表出は観察個体に、いわば生得的に負の情動を起こす。しかし、観察個体にも同じ嫌悪経験がある場合にはその共感が増強される。薬物で誘導される快感でも他個体が一緒に薬物投与を受けると薬物強化効果の社会的促進が見られる。しかし、拘束ストレスなどでは他個体と一緒に拘束されるとストレスは減弱する。つまり、この場合、共通経験は抗ストレス作用を持つ。動物でもヒトと同様に、自分が他者と比べて不公平に不利益な状態に置かれると不公平嫌悪が見られる。しかし、自分が不公平に利益のある状態では嫌悪が弱いか、全く見られない。このことは嫌悪的な事態(拘束など)でも、好ましい事態(摂食など)でも見られる。これらのことは、動物の情動状態が自分の状態そのものより他個体の状態との比較に依存することを示唆する。
著者
長谷川 眞理子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.108-114, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
14

【要旨】ヒトの心理や行動生成の仕組みも、ヒトの形態や生理学的形質と同様に進化の産物である。ヒトの持つ技術や文明は、この1万年の間に急速に発展し、とくに最近の100年ほどの間には、指数関数的速度で変化している。しかし、ヒトの脳の基本的な機能が生物学的に獲得されたのは、霊長類の6,500万年にわたる進化の中で、ホモ属の200万年、そして私たちホモ・サピエンスの20万年の進化史においてである。進化心理学は、ヒトの進化史に基づいて、ヒトの心理や行動生成の仕組みの基盤を解き明かそうとする学問分野である。近年の行動生態学や自然人類学の知識を総合すると、ヒトという種は、他の動物には見られないほど高度に社会的な動物である。ヒトの社会性や共感性の進化的基盤は、もちろん、類人猿が持っている社会的能力にあるのだが、ヒトのこの超向社会性の進化的起源を解明するには、ヒトが類人猿の系統と分岐したあと、ヒト固有の進化環境で獲得されたと考えられる。ヒトには、他者の情動に同調して同じ感情を持ってしまう情動的共感と、他者の状態を理解しつつも、自己と他者とを分離した上で、他者に共感する認知的共感の2つを備えている。これらは、ヒトの超向社会性の基盤である。人類が他の類人猿と分岐したのは、およそ600万年前である。そのころから、地球の環境は徐々に寒冷化に向かい、とくにアフリカでは乾燥化が始まった。その後、およそ250万年前からさらに寒冷化、乾燥化が進む中、人類はますます広がっていく草原、サバンナに進出した。そこにはたくさんの捕食者がおり、食料獲得は困難で、食料獲得のための道具の発明と、密接な社会関係の集団生活が必須となった。この環境で生き延びていくためには、他者を理解するための社会的知能が有利となったに違いない。しかし、ヒトは、「私があなたを理解していることを、あなたは理解している、ということを私は理解している」というように、他者の理解を互いに共有する、つまり、「こころ」を共有するすべを見いだした。それが言語や文化の発達をうながし、現在のヒトの繁栄をもたらしたもとになったと考えられる。
著者
守口 善也
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.34-42, 2011 (Released:2017-04-12)

アレキシサイミア(失感情症)とは、自己の感情の同定や表象の困難という情動処理の不全に関する性格傾向で、心身症などの疾患で重要とされる。その脳機能の研究は重要であるが、体型的なまとめはなかった。ここでは、従来のアレキシサイミアに関わる脳機能画像研究をレビューした。その結果、1)外的な情動(視覚)刺激、及び想像性に対する辺縁系・傍辺縁系(扁桃体、島皮質、前帯状回、後帯状回)の反応性は低下しており、2)内的な体性感覚・運動などの「身体」にまつわる刺激に対しては、島皮質や感覚運動領域をはじめとして、むしろ亢進している。3)社会性の課題に対しては、内側前頭前野・島皮質等において活動が低下していた。アレキシサイミアがもつ「外的な情動刺激への鈍麻」と、一方で「より内的でダイレクトな「身体」感覚への過敏」という脳機能の特性は、アレキシサイミアの人の一部が身体症状に依存することにつながっていると思われる。
著者
渡邉 修
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.78-86, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
12

東京都の高次脳機能障害者実態調査(2007年;対象は通院患者899人)によると、高次脳機能障害者が呈する症状として、行動と感情の障害、記憶障害、注意障害、失語症、遂行機能障害が上位を占めた。これらの障害のなかで、特に行動と感情の障害、注意障害、遂行機能障害の責任病巣として前頭葉の占める比率は高く、社会参加を阻害する大きな要因となることから、リハビリテーションを進める上でターゲットとなる障害である。リハビリテーションは急性期には要素的訓練を、慢性期には代償的訓練が主体となり、いずれの時期でも、行動障害に対する行動変容療法や、人、構造物、制度からなる環境調整に配慮する。認知障害や行動と感情の障害は身体障害に比べ回復に時間を要することから長期的訓練と支援が重要である。認知リハビリテーションによって脳神経活動は、損傷範囲を避け、健常者と異なる多様な賦活パターンを示すようになる。
著者
岡崎 慎治
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3+4, pp.118-124, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
17

【要旨】近年の認知機能のアセスメントの動向として、検査で測定される認知機能は単一の内容(知能や読み能力)から複数の構成要素に変化してきたことを挙げることができる。そこでは、知的能力を認知処理およびそのプロセスからとらえ、個人の認知処理様式の強い部分と弱い部分を明らかにし、強い面で弱い面を補うことを指導や支援で促すことにつなげることが可能という仮説を理論的に背景にもつことが多い。このような特徴は、とりわけ小児の発達障害を中心とした学齢期の児童生徒の認知評価とその支援への認知特性アセスメントへの検査適用として受け入れられてきた。中でもルリア(Luria, A.R.)による脳における高次精神機能の機能的単位に関する理論と、これをダス(Das, J.P)が発展させた知能のPASS(プランニング、注意、同時処理、継次処理)理論は、認知機能のアセスメントに係る理論的背景の一つと考えられている。ここでは知能のPASS理論ならびに関連する研究知見について概観すると共に、PASS理論を理論的背景として小児の認知機能評価に利用できる日本版DN-CAS認知評価システム(Das・Naglieri Cognitive Assessment System;DN-CAS)について述べた。
著者
池田 譲
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.10, no.3-4, pp.261-266, 2008 (Released:2011-07-05)
参考文献数
20

【要旨】頭足類はイカ類・タコ類を擁する軟体動物門の一群であるが、カメラ眼という優れた感覚器を有し、かつ神経系は中枢化され無脊椎動物中最大サイズの脳を形成している。体重比に対する相対サイズでみれば、頭足類の脳は魚類・爬虫類を凌駕するレベルに発達した巨大脳である。このような知性基盤を反映し、頭足類には、発達した記憶・学習能、瞬時に醸し出される多彩なボディーパターンによるコミュニケーション、役割分担の機能性が示唆される群れ行動といった社会性など、行動として表出される多くの複雑な高次脳機能が認められる。本稿では、社会性との関連から頭足類の特異な行動と脳との関係について、社会性が高いと思われるジンドウイカ科のアオリイカを中心に、熱帯域に生息するその他の頭足類も含めた実験的な研究事例を概観し、今後の研究を展望した。