著者
植村 研一
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.23-29, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
8

8年間も英語を学習した大学卒業生のほとんどが英語を駆使できないのは日本における英語教育の失敗である。短期間に役立つ外国語教育に成功している外国の例は驚異的である。人間の脳は言葉を聞いて自然に理解でき、話せるようになる。Bilingualの脳にはそれぞれ独立した言語野が形成されるが、これはlistening practiceから入った教育の成果であって、単語と文法を使った直訳を通した外国語学習では、何年続けても独立した言語野は形成されないし、駆使できない。日本の外国語教育の失敗の原因は脳の言語習得機構を無視した結果である。著者の効果的教授学習法を紹介する。
著者
川合 伸幸
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.103-109, 2011 (Released:2017-04-12)

ヒトにとって、「目につきやすいモノ」がある。あるモノは、背景の色や形態との違いによって目立つが、通常の視覚情報処理経路とは異なる、上丘を介した経路(網膜→上丘→視床枕→扁桃体)で伝えられるために見つけやすい対象がある。怒り顔やヘビである。これら脅威の対象をすばやく見つけられることで、危険な状況での反応(闘争や逃走)の準備が効率化し、生存に有利になると考えられる。私たちの研究で、3 歳児の子どもであってもヘビをすばやく見つけることがわかった。そのことは、脅威の対象がバイパスして扁桃体に伝わるのは生得的であることを示唆しているが、学習によってもバイパスされるようになる。そこでヘビが生得的な脅威の対象であるかを調べるために、実験室で生まれヘビを見たことの無いサルで視覚探索実験を行った。その結果、サルもヘビの写真をすばやく見つけた。すなわち、サルやヒトは進化の過程でヘビを生得的に脅威を感じる対象としたと考えられる。ただし、サルを直接ヘビと対面させたところ、ヘビを怖れる個体と、まったく怖れない個体がいた。ヒトでは、怒り顔など恐怖の対象に対する感受性が、セロトニントランスポーターの多型性と関連しているとされる。近年マカクザルでも同じ多型性があることが報告されている。そこで、遺伝子の多型性を分析し、ヘビへの恐怖との関連を検討した。これらの恐怖反応の個人差と遺伝子の多型性の関連についても考察する。
著者
渡邉 修
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.78-86, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
12

東京都の高次脳機能障害者実態調査(2007年;対象は通院患者899人)によると、高次脳機能障害者が呈する症状として、行動と感情の障害、記憶障害、注意障害、失語症、遂行機能障害が上位を占めた。これらの障害のなかで、特に行動と感情の障害、注意障害、遂行機能障害の責任病巣として前頭葉の占める比率は高く、社会参加を阻害する大きな要因となることから、リハビリテーションを進める上でターゲットとなる障害である。リハビリテーションは急性期には要素的訓練を、慢性期には代償的訓練が主体となり、いずれの時期でも、行動障害に対する行動変容療法や、人、構造物、制度からなる環境調整に配慮する。認知障害や行動と感情の障害は身体障害に比べ回復に時間を要することから長期的訓練と支援が重要である。認知リハビリテーションによって脳神経活動は、損傷範囲を避け、健常者と異なる多様な賦活パターンを示すようになる。
著者
杉下 守弘
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.51-67, 2012 (Released:2017-04-12)

大正天皇(1879-1926)は大正三年、陛下三十五歳の頃に緩徐性進行性疾患に罹かられた。稀に見る珍しい御病気といわれ、いまだ不明のままである。このため、色々な憶測が行われている。本稿はこのような迷妄を打破するため、大正天皇のおそば近くに居られた方々の日記、侍医や宮内庁御用係による拝診書や御容態書、および大正天皇実録などを検討し大正天皇の御症状、御病気、およびその原因を明らかすることを試みた。大正三年(1914)、発話障害(恐らく、失語症、しかし構音障害の可能性もある。)で始まり、その後、前屈姿勢が生じた。大正四年(1915)、階段の昇降に脇からの手助けが必要となった。四年後(大正七年、1918)の11月には発語障害は増悪し、軽度の記憶障害が認められた。五年後(大正八年、1919)には歩行障害が生じた。その後、これらの症状の増悪とともに、大正十年(1921)末には御判断及び御思考なども障害され認知症となられた。大正天皇の御病気は、初発症状が「失語症」なら「原発性進行性失語症」と推定される。「原発性進行性失語症」は言語優位半球(通常は左大脳半球)の前頭葉、側頭葉および頭頂葉のうちの少なくとも1つに脳萎縮がおこり、はじめに顕著な失語症を生ずる。その後、脳萎縮が広がるにつれ、失語症は徐々に増悪し、さらに記憶、判断、思考なども障害され、認知症となる。「原発性進行性失語」には三つの型があり、大正天皇の御症状はそのうちの「非流暢/ 失文法型」の可能性がある。初症時の発語障害が失語症ではなく、構音障害の場合は「大脳基底核症候群」が考えられる。「大脳基底核症候群」は、一側優位の大脳半球皮質と皮質下神経核(特に黒質と淡蒼球)などの萎縮でおこるといわれる症状で、中年期以降に徐徐に始まり、ゆっくり進行する運動及び認知機能障害である。「原発性進行性失語症」あるいは「大脳基底核症候群」などを起こす原因については現在のところ明らかにはされていない。大正天皇は御降誕後一年の間に二回、鉛中毒が原因の可能性がある「脳膜炎様の御疾患」に罹患された。幼少時に脳疾患に罹り、その症状が完全になくなり、しかも長年にわたり症状が無くても、その幼少時の脳疾患が原因で別の神経変性疾患をおこすということはありうることである。したがって、御降誕後に二回罹患された脳膜炎様の御疾患は「原発性進行性失語症」あるいは「大脳基底核症候群」の危険因子(病気を引き起こしやすくする要因)と考えられる。
著者
長谷川 眞理子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.108-114, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
14

【要旨】ヒトの心理や行動生成の仕組みも、ヒトの形態や生理学的形質と同様に進化の産物である。ヒトの持つ技術や文明は、この1万年の間に急速に発展し、とくに最近の100年ほどの間には、指数関数的速度で変化している。しかし、ヒトの脳の基本的な機能が生物学的に獲得されたのは、霊長類の6,500万年にわたる進化の中で、ホモ属の200万年、そして私たちホモ・サピエンスの20万年の進化史においてである。進化心理学は、ヒトの進化史に基づいて、ヒトの心理や行動生成の仕組みの基盤を解き明かそうとする学問分野である。近年の行動生態学や自然人類学の知識を総合すると、ヒトという種は、他の動物には見られないほど高度に社会的な動物である。ヒトの社会性や共感性の進化的基盤は、もちろん、類人猿が持っている社会的能力にあるのだが、ヒトのこの超向社会性の進化的起源を解明するには、ヒトが類人猿の系統と分岐したあと、ヒト固有の進化環境で獲得されたと考えられる。ヒトには、他者の情動に同調して同じ感情を持ってしまう情動的共感と、他者の状態を理解しつつも、自己と他者とを分離した上で、他者に共感する認知的共感の2つを備えている。これらは、ヒトの超向社会性の基盤である。人類が他の類人猿と分岐したのは、およそ600万年前である。そのころから、地球の環境は徐々に寒冷化に向かい、とくにアフリカでは乾燥化が始まった。その後、およそ250万年前からさらに寒冷化、乾燥化が進む中、人類はますます広がっていく草原、サバンナに進出した。そこにはたくさんの捕食者がおり、食料獲得は困難で、食料獲得のための道具の発明と、密接な社会関係の集団生活が必須となった。この環境で生き延びていくためには、他者を理解するための社会的知能が有利となったに違いない。しかし、ヒトは、「私があなたを理解していることを、あなたは理解している、ということを私は理解している」というように、他者の理解を互いに共有する、つまり、「こころ」を共有するすべを見いだした。それが言語や文化の発達をうながし、現在のヒトの繁栄をもたらしたもとになったと考えられる。
著者
本田 秀夫
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.33-39, 2017 (Released:2017-08-09)
参考文献数
8

【要旨】発達障害は、何らかの特記すべき精神機能の特性が乳幼児期からみられ、その特性が成人期も残ることによって生活に支障をきたすグループである。DSM-5で「神経発達症」というグループ名が採用されたことからもわかるように、このグループに属する障害はいずれも何らかの神経生物学的異常が想定されている。 発達障害の特性の有無あるいはその程度は、社会適応の問題の深刻さと必ずしも線形の相関関係にはない。特性を有しながらも成人期には治療や福祉的支援を要しないケースもあることから、発達障害の少なくとも一部は疾病というよりも生物学的変異とみるべきである。一方、環境因に基づく二次的な問題が重畳することによって、今度は逆にきわめて深刻な精神疾患の状態に陥ることがしばしばある。大人の発達障害の診断には、「発達障害であるか否か」ではなく、「発達障害の要因がどの程度その人の精神状態および生活の質に影響を及ぼしているか」という視点が必要である。 発達障害の認知構造および発達の道筋は独特である。従来の研究は、発達障害の人たちがそうでない人に比べて何がどう劣っているのかという視点に基づくものが多かったが、今後は特有の認知スタイルとは何か、発達障害の特性を有する人たちが二次障害を被らずに社会参加できるよう育っていくために必要な特有の発達の道筋は何か、などに関する研究が求められる。
著者
岡崎 慎治
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3+4, pp.118-124, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
17

【要旨】近年の認知機能のアセスメントの動向として、検査で測定される認知機能は単一の内容(知能や読み能力)から複数の構成要素に変化してきたことを挙げることができる。そこでは、知的能力を認知処理およびそのプロセスからとらえ、個人の認知処理様式の強い部分と弱い部分を明らかにし、強い面で弱い面を補うことを指導や支援で促すことにつなげることが可能という仮説を理論的に背景にもつことが多い。このような特徴は、とりわけ小児の発達障害を中心とした学齢期の児童生徒の認知評価とその支援への認知特性アセスメントへの検査適用として受け入れられてきた。中でもルリア(Luria, A.R.)による脳における高次精神機能の機能的単位に関する理論と、これをダス(Das, J.P)が発展させた知能のPASS(プランニング、注意、同時処理、継次処理)理論は、認知機能のアセスメントに係る理論的背景の一つと考えられている。ここでは知能のPASS理論ならびに関連する研究知見について概観すると共に、PASS理論を理論的背景として小児の認知機能評価に利用できる日本版DN-CAS認知評価システム(Das・Naglieri Cognitive Assessment System;DN-CAS)について述べた。
著者
大須 理英子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.217-222, 2005 (Released:2011-07-05)
参考文献数
14

脳が手足を制御するときに解決すべき問題は、制御プログラムが手足のあるロボットを制御するとき解決すべき問題と類似している。計算論的神経科学では、このような視点から、脳に実装されていると思われる機構を同定する。これまでの研究により、例えば速くて正確な腕の運動を実現するためには、フィードフォワード制御が必要であることがわかってきた。このためには、制御対象(例えば腕)のダイナミクスを表現する内部モデルが脳内に獲得されていなければならない。リハビリテーションが必要な状態というのは、このような脳内の制御機構に何らかの異常を来したか、その制御対象である手足に異常を来したのかどちらかであることが多い。いずれの場合にも、速くて正確な運動を取り戻すには、内部モデルの再構築が必要である。これまでのリハビリテーション訓練は、フィードバック制御を必要とする運動が多く、内部モデルを再構築するには最適ではない可能性がある。このような視点からリハビリテーション手法を見直すことでよりよい機能回復がはかれる可能性がある。
著者
宮岡 剛
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.180-185, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
24

【要旨】 抑肝散は古くから小児の癇癪、夜泣きや不眠症に対する効果が認められてきた生薬である。近年、認知症に伴う精神・行動障害に対する有効性に関する報告が増えている。我々は、境界性人格障害および遅発性ジスキネジアの症状改善にも有効であることや、治療抵抗性の統合失調症の増強療法にも有用であることを報告した。本稿ではこれらの臨床試験を総説するとともに様々な精神疾患への応用についての考察を加えたい。
著者
中川 栄二
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.9-14, 2016 (Released:2016-12-06)
参考文献数
15

【要旨】発達障害とは、先天的な様々な要因によって乳児期から幼時期にかけてその特性が現れ始める発達遅延であり、主な発達障害には、知的障害(ID)、自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)などがある。発達障害ではてんかんの併存や脳波異常を認める割合は高く、抗てんかん薬の治療効果が報告されている。自験例220例での検討では、脳波異常76%、てんかん併存40%、睡眠障害を34%に認めた。脳波異常は、入眠時に前頭部優位の高振幅鋭波や徐波、高振幅律動性速波がASDで55%、ADHDでは64%と高頻度に認められた。脳波異常を認めるASDでは、抗てんかん薬内服で生活の質の改善が75.5 %で認められ、脳波異常を認めるADHDでは、抗てんかん薬内服で生活の質の改善が70.5%で認められた。発達障害と脳波異常の関連については、特に前頭葉の抑制系機能の未熟性や機能低下が認知機能や抑制機構に影響を与えていると考えられ、てんかんを伴うとさらに抑制機能が低下することが示唆された。
著者
福井 俊哉
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.156-164, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
8
被引用文献数
2

【要旨】遂行(実行)機能とは、「将来の目標達成のために適切な構えを維持する能力」と定義され、具体的には、1) 目標設定、2) 計画立案、3) 計画実行、4) 効果的遂行などの要素から成り立っている。換言すると、1) 意図的に構想を立て、2) 採るべき手順を考案・選択し、3) 目的に方向性を定めた作業を開始・維持しながら必要に応じて修正し、4) 目標まで到達度を推測することにより遂行の効率化を図る、という一連の行為を指す。 遂行機能の総合検査法には、簡便なものとしてFrontal Assessment Battery (FAB)、詳細なものとしてBehavioural Assessment of the Dysexecutive Syndrome (BADS)などがある。さらに、遂行機能を包括的な機能と捉えた場合、その一部を構成する下位脳機能(とその検査法)として、分割注意、複数課題の処理能力(かなひろいテスト、Trail Making Test)、思考セットの変換(Stroop Test)、思考スピード(語想起)、帰納的推測(Wisconsin Card Sorting Test、Tower of Hanoi)などがある。遂行機能障害は前頭葉または線条体前頭葉投射系の障害で生じる。遂行実行機能障害の発現に直接関与する投射系は背外側前頭前野投射系であるが、外側眼窩前頭葉投射系の障害は脱抑制的・無軌道な行動を生じ、また、前部帯状回投射系の障害は無為・無関心を生じ、いずれも遂行機能を間接的に障害する可能性がある。

3 1 0 0 OA 記憶障害

著者
長田 乾 小松 広美 渡邊 真由美
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.118-132, 2011 (Released:2017-04-12)

記憶は、過去を回想するときの把持時間から、短期記憶と長期記憶に分類され、短期記憶は数十秒程度の記憶、長期記憶は数分から数十年前の記憶とされる。短期記憶には、電話番号を即座に憶えるなどの一時的な情報保持機能である作動記憶が相当する。長期記憶は、記憶内容を言葉で表現できる陳述記憶と技術や無意識の経験など言葉で表現できない非陳述記憶に分類される。陳述記憶には、出来事記憶と意味記憶が含まれる。出来事記憶は、個人的な体験やイベントの思い出に相当し、意味記憶は客観的な事実・知識・情報など学習によって習得される一般的な知識や教養に相当する。出来事記憶は加齢の影響を受け易いが、意味記憶は加齢の影響を受け難い特徴がある。非陳述記憶には、水泳や自転車の運転など必ずしも意図せずに習得した技量や技術に係わる記憶に相当する手続き記憶が含まれる。手続き記憶も加齢の影響を受け難く、認知症でも若い頃に修得した手続き記憶は相対的に保たれることが多い。記憶障害を時間軸で捉えると、脳損傷を受けた時点以降の記憶が欠落する状態を前向性健忘、一方受傷以前の出来事を思い出すことができない状態を逆行性健忘と呼ぶ。逆行性健忘では、新しい出来事から古い出来事へ、複雑なことから単純なことへ、慣れないことから習熟したことへ記憶の解体が進む。
著者
渡辺 茂
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.89-95, 2011 (Released:2017-04-12)

共感は社会的認知の基礎的な機能であると考えられる。他者の情動とそれによって 惹起された自己の情動状態によって共感は4 つに分類できる。他者の不快が自分の不快にな る場合を負の共感、他者の快が自分の快になる場合を正の共感、他者の快が自分の不快にな る場合を逆共感、そして他者の快が自分の不快になる場合は慣習的にSchadenfreude と言わ れる。主としてマウスの研究から動物での共感を調べると負の共感、正の共感、逆共感は一 定に見られるもののSchadenfreude は認められない。Schadenfreude はかなり複雑な長期持続 的社会において形成された情動の形態であると考えられる。
著者
松尾 香弥子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.22-29, 2006 (Released:2011-07-05)
参考文献数
26
被引用文献数
3

【要旨】fMRIは高磁場MRI装置を用いた非侵襲的計測法であり、比較方法の工夫によって読み書きの認知処理過程の仮説検証に活用できる。読み書きに固有な脳部位は存在しないかもしれず、むしろ「読む」「書く」といった目的達成のために必要な多くの脳部位が統合的に働いているのであろう。とはいえ読み書きに特徴的な脳活動パターンは存在する。その多くは従来の臨床的知見と重なるが、不一致もある。例えば左角回の損傷により文字処理の障害が起こることはよく知られるが、fMRIでは予想ほどには強い脳活動は計測されない。反対に、紡錘状回中程に読みを含むfMRI計測で活動する部位があり、visual wordform areaと呼ばれるが、この部位の損傷によって文字処理障害が発生することはあまりない。この部位の活動が他の課題でも計測されるなどの理由から、本当に文字処理への特化があるのかどうか議論されている。ところで漢字と仮名の処理は、それぞれ全く異なる脳部位が使われるというよりは、むしろ諸文字全体のために用意されている「仕組み」があり、各文字の特性に応じて、それぞれの脳部位の活動強度が異なるように発達するのかもしれない。またエクスナーの部位(Exner's area)は従来、書字中枢と考えられてきたが、読みにも関連があることが示されている。文字視覚表象と音韻情報との間の変換作業に関与しているのではないかと解釈できる。
著者
大六 一志
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.239-243, 2009

今日の知能検査が何を測定しようとしており、今後どのような方向に発展しようとしているのかについて検討した。21世紀に入ってウェクスラー知能検査は言語性IQ、動作性IQを廃止し、知能因子理論に準拠するようになった。また、数値だけでなく質的情報も考慮したり、課題条件間の比較をしたりすることにより、入力から出力に至る情報処理プロセスのどこに障害があるかを明らかにし、個の状態像を精密に把握するようになっている。現在は、高齢者の知的能力の測定に対するニーズがかつてないほど高まっていることから、今後は高齢者の要素的知的能力の測定に特化した簡便な知能検査が開発されるとよいと考えられる。

2 0 0 0 OA 美の認知

著者
川畑 秀明
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.84-88, 2011 (Released:2017-04-12)
被引用文献数
1

人は何に、どのように美を感じるのであろうか。芸術や美をめぐる問題は自然科学 からのアプローチが極めて稀であったが、近年の機能脳画像の手法の進歩はそれを可能にし た。この神経美学は、人文科学の問題を自然科学の手法を用いて明らかにしようとするた め、その問題の所在が自然科学者には分かりにくい点も多い。本稿では、哲学から心理学、 脳神経科学に至る美の認知研究の課題を整理した上で、美の本質、基準、過程という3 つの 問題に対するアプローチの例を紹介しながら、美の認知研究の枠組みを論じる。
著者
大六 一志
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3+4, pp.239-243, 2009 (Released:2011-06-30)
参考文献数
20

今日の知能検査が何を測定しようとしており、今後どのような方向に発展しようとしているのかについて検討した。21世紀に入ってウェクスラー知能検査は言語性IQ、動作性IQを廃止し、知能因子理論に準拠するようになった。また、数値だけでなく質的情報も考慮したり、課題条件間の比較をしたりすることにより、入力から出力に至る情報処理プロセスのどこに障害があるかを明らかにし、個の状態像を精密に把握するようになっている。現在は、高齢者の知的能力の測定に対するニーズがかつてないほど高まっていることから、今後は高齢者の要素的知的能力の測定に特化した簡便な知能検査が開発されるとよいと考えられる。
著者
相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.101-107, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
20

【要旨】脳の成長とは、脳が大きくなり、安定した構造に近づくことである。生態学の研究から、猿類の大脳皮質の大きさは、群れの社会構造の複雑さ(social size)に比例していることが報告されている。社会適応に必要とされるヒトの前頭葉、前頭前野の体積を3D-MRIで定量的に測定したところ、前頭葉に対する前頭前野比は乳児期から8歳頃まで年齢とともに緩やかに増大し8~15歳の思春期前後で急速に増大した。前頭葉は、可塑性はあるものの脆弱性の期間が長いことが想定される。脳の成熟とは、脳内情報処理過程が安定した機能になることで、神経科学的には情報処理速度が速くなること、すなわち髄鞘形成として捉えられる。生後1歳では、後方の感覚野が高信号となり、生後1歳半になると前方の前頭葉に高信号が進展した。これらの成熟過程は1歳過ぎに認められる有意語表出、行動抑制、表象等の前頭葉の機能発達を保障する神経基盤と考えられる。認知・行動発達を前頭葉機能の発達と関連させながら考察してみると、その発達の順序性は、まず行動抑制が出現することで外界からの支配から解放され表象能力が誕生する。次にワーキングメモリ、実行機能が順次認められてくる。実行機能を遂行するには将来に向けた文脈を形成しなければならない。文脈形成の発達は、右前頭葉機能である文脈非依存性理論から左前頭葉機能である文脈依存性理論へ年齢とともにシフトしていくことものと考えられる。一方、身体反応として情動性自律反応が出現しないと社会的文脈に応じた意思決定ができず、その結果適切な行為が行えないことも明らかとなってきた。