384 125 13 12 OA 社会脳の成長と発達

著者
相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.101-107, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
20

【要旨】脳の成長とは、脳が大きくなり、安定した構造に近づくことである。生態学の研究から、猿類の大脳皮質の大きさは、群れの社会構造の複雑さ(social size)に比例していることが報告されている。社会適応に必要とされるヒトの前頭葉、前頭前野の体積を3D-MRIで定量的に測定したところ、前頭葉に対する前頭前野比は乳児期から8歳頃まで年齢とともに緩やかに増大し8~15歳の思春期前後で急速に増大した。前頭葉は、可塑性はあるものの脆弱性の期間が長いことが想定される。脳の成熟とは、脳内情報処理過程が安定した機能になることで、神経科学的には情報処理速度が速くなること、すなわち髄鞘形成として捉えられる。生後1歳では、後方の感覚野が高信号となり、生後1歳半になると前方の前頭葉に高信号が進展した。これらの成熟過程は1歳過ぎに認められる有意語表出、行動抑制、表象等の前頭葉の機能発達を保障する神経基盤と考えられる。認知・行動発達を前頭葉機能の発達と関連させながら考察してみると、その発達の順序性は、まず行動抑制が出現することで外界からの支配から解放され表象能力が誕生する。次にワーキングメモリ、実行機能が順次認められてくる。実行機能を遂行するには将来に向けた文脈を形成しなければならない。文脈形成の発達は、右前頭葉機能である文脈非依存性理論から左前頭葉機能である文脈依存性理論へ年齢とともにシフトしていくことものと考えられる。一方、身体反応として情動性自律反応が出現しないと社会的文脈に応じた意思決定ができず、その結果適切な行為が行えないことも明らかとなってきた。
著者
植村 研一
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.23-29, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
8

8年間も英語を学習した大学卒業生のほとんどが英語を駆使できないのは日本における英語教育の失敗である。短期間に役立つ外国語教育に成功している外国の例は驚異的である。人間の脳は言葉を聞いて自然に理解でき、話せるようになる。Bilingualの脳にはそれぞれ独立した言語野が形成されるが、これはlistening practiceから入った教育の成果であって、単語と文法を使った直訳を通した外国語学習では、何年続けても独立した言語野は形成されないし、駆使できない。日本の外国語教育の失敗の原因は脳の言語習得機構を無視した結果である。著者の効果的教授学習法を紹介する。
著者
川合 伸幸
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.103-109, 2011 (Released:2017-04-12)

ヒトにとって、「目につきやすいモノ」がある。あるモノは、背景の色や形態との違いによって目立つが、通常の視覚情報処理経路とは異なる、上丘を介した経路(網膜→上丘→視床枕→扁桃体)で伝えられるために見つけやすい対象がある。怒り顔やヘビである。これら脅威の対象をすばやく見つけられることで、危険な状況での反応(闘争や逃走)の準備が効率化し、生存に有利になると考えられる。私たちの研究で、3 歳児の子どもであってもヘビをすばやく見つけることがわかった。そのことは、脅威の対象がバイパスして扁桃体に伝わるのは生得的であることを示唆しているが、学習によってもバイパスされるようになる。そこでヘビが生得的な脅威の対象であるかを調べるために、実験室で生まれヘビを見たことの無いサルで視覚探索実験を行った。その結果、サルもヘビの写真をすばやく見つけた。すなわち、サルやヒトは進化の過程でヘビを生得的に脅威を感じる対象としたと考えられる。ただし、サルを直接ヘビと対面させたところ、ヘビを怖れる個体と、まったく怖れない個体がいた。ヒトでは、怒り顔など恐怖の対象に対する感受性が、セロトニントランスポーターの多型性と関連しているとされる。近年マカクザルでも同じ多型性があることが報告されている。そこで、遺伝子の多型性を分析し、ヘビへの恐怖との関連を検討した。これらの恐怖反応の個人差と遺伝子の多型性の関連についても考察する。
著者
杉下 守弘 腰塚 洋介 須藤 慎治 杉下 和行 逸見 功 唐澤 秀治 猪原 匡史 朝田 隆 美原 盤
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.91-110, 2018 (Released:2018-06-26)
参考文献数
21

【要旨】Mini-Mental State Examination(略称MMSE)は世界で最も使用されている認知症スクリーニング検査(原版は英語)といわれている。しかし、その日本語版は、翻訳や文化的適応が適切でないものが多く、十分な標準化も行われていなかった。MMSE原版は国際的に使用されているので、日本のデータと世界の他の国のデータを比較するために、MMSE原版と等価なMMSE日本語版の作成は急務と考えられた。そこで、2006年、原版に忠実な翻訳と適切な文化適応を目指したMMSE日本語版(MMSE-J)が作成された。MMSE-Jは国際研究「アルツハイマー病神経画像戦略(ADNI)」の日本支部(J-ADNI)で使用され、そのデータを基に、2010年、MMSE-Jの妥当性と信頼性が検討された。 ところが、2012年3月、日本のADNI(J-ADNI)データの改ざんが指摘され、2014年3月には東京大学調査委員会に改ざんやプロトコル違反など問題例が報告された。その後、第三者委員会報告書はこれらの問題例を問題ないとした。しかし、この判断は誤りであることが明らかにされた11-13)。 杉下ら (2016)は、杉下らの論文(2010)のJ-ADNIデータのうち改ざんやプロトコル違反などの問題例を削除してMMSE-Jの妥当性と信頼性の訂正をした。また、次の3つの問題を指摘した。1)日本の被験者では 100-7課題が難しくはないので、100-7の代わりに逆唱を行うのは適切でない。2)J-ADNIのデータには、AD、MCIおよび健常者の診断がMMSE 得点を見て行われている例があり、算出された妥当性に問題がある。3)J-ADNIデータはMCIのADへの変換率が通常の研究に比べ約2倍であるなど問題があるので、日本のADNIのデータを使用せず、新たにデータを集め、信頼性と妥当性を検討する必要がある。本研究ではこれら3つの問題を解決し、MMSE-Jの標準化を完成するため、1)100-7と逆唱の問題はMMSE(2001)の注意・計算課題を施行して検討した。2)妥当性の検討では、外的基準としてDSM-5 とFASTを用い、その後、MMSE-Jを行った。3)J-ADNIのデータを使わず、新たに381例のデータを集め、標準化を行なった。妥当性と信頼性は100-7を拒否した2例を除き379例を対象として検討した。 その結果、MCI群と軽度AD群では性別、年齢、教育年数は得点に影響しなかった。健常者群では教育年数が低い場合と、年齢が高い場合、MMSE-J得点が低かったが、性別は得点に影響しなかった。被験者で100-7課題が出来ない者は5名、拒否した者は2名でごく少数であった。ROC分析で、MCI群と軽度AD の最適カットオフ値は23/24(感度68.7%、特異度78.8%)、健常者群とMCI群の最適カットオフ値は27/28(感度83.9%、特異度 83.5%)であった。MMSE-J原法の最適カットオフ値の弁別力は健常者とMCIとの弁別には満足のいくものである。しかし、MCIとADとの弁別は満足できる程度より低い。これらの結果は、MMSE-J原法が高くはないが妥当性があることを示している。再検査を行った67例のtest-retest の相関係数は0.77であり、再検査信頼性は高い。本研究で得られたMMSE-J原法の妥当性と信頼性は、MMSE-J原法が認知症のスクリーニング検査として使用可能であることを示している。内容目次はじめにI. 方法 1. 対象とした被験者 2. 被験者の分類 3. MMSEの注意・計算課題の施行法 4. 本研究で検討した4つの研究課題II. 結果 1. MMSE-J原法の「計算・注意課題」の検討 2. MMSE-J原法得点 への性別、年齢および教育年数の影響 1) 健常者のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 健常者A群175名(23-88歳)の分析 健常者B群127名(55-88歳)の分析 2) MCI群のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 3) 軽度AD群のMMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 4) 健常者の年齢別のMMSE-J原法得点 3. MMSE-J原法の妥当性とカットオフ値 1) 健常者B群(55歳以上)対MCI群の最適カットオフ値 2) MCI 群 対 軽度AD 群の最適カットオフ値 3) 健常者BおよびMCI群 対 軽度AD 群の最適カットオフ値 4. MMSE-J原法の信頼性III. 考察 1. MMSEの翻訳の問題点 1) MMSE1975年版の翻訳の問題点 2) MMSE2001年版と日本語版MMSE 2. 日本語版MMSEの著作権 3. MMSE-J原法の標準化の長所 4. MMSE-J原法の「計算・注意課題」について 5. MMSE-J原法得点への性別、年齢および教育年数の影響 6. 妥当性およびカットオフ値について 7. 再検査信頼性について 8. MMSE-J原法のスクリーニング検査としての役割おわりに
著者
本田 秀夫
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.33-39, 2017 (Released:2017-08-09)
参考文献数
8

【要旨】発達障害は、何らかの特記すべき精神機能の特性が乳幼児期からみられ、その特性が成人期も残ることによって生活に支障をきたすグループである。DSM-5で「神経発達症」というグループ名が採用されたことからもわかるように、このグループに属する障害はいずれも何らかの神経生物学的異常が想定されている。 発達障害の特性の有無あるいはその程度は、社会適応の問題の深刻さと必ずしも線形の相関関係にはない。特性を有しながらも成人期には治療や福祉的支援を要しないケースもあることから、発達障害の少なくとも一部は疾病というよりも生物学的変異とみるべきである。一方、環境因に基づく二次的な問題が重畳することによって、今度は逆にきわめて深刻な精神疾患の状態に陥ることがしばしばある。大人の発達障害の診断には、「発達障害であるか否か」ではなく、「発達障害の要因がどの程度その人の精神状態および生活の質に影響を及ぼしているか」という視点が必要である。 発達障害の認知構造および発達の道筋は独特である。従来の研究は、発達障害の人たちがそうでない人に比べて何がどう劣っているのかという視点に基づくものが多かったが、今後は特有の認知スタイルとは何か、発達障害の特性を有する人たちが二次障害を被らずに社会参加できるよう育っていくために必要な特有の発達の道筋は何か、などに関する研究が求められる。
著者
杉下 守弘
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.51-67, 2012 (Released:2017-04-12)

大正天皇(1879-1926)は大正三年、陛下三十五歳の頃に緩徐性進行性疾患に罹かられた。稀に見る珍しい御病気といわれ、いまだ不明のままである。このため、色々な憶測が行われている。本稿はこのような迷妄を打破するため、大正天皇のおそば近くに居られた方々の日記、侍医や宮内庁御用係による拝診書や御容態書、および大正天皇実録などを検討し大正天皇の御症状、御病気、およびその原因を明らかすることを試みた。大正三年(1914)、発話障害(恐らく、失語症、しかし構音障害の可能性もある。)で始まり、その後、前屈姿勢が生じた。大正四年(1915)、階段の昇降に脇からの手助けが必要となった。四年後(大正七年、1918)の11月には発語障害は増悪し、軽度の記憶障害が認められた。五年後(大正八年、1919)には歩行障害が生じた。その後、これらの症状の増悪とともに、大正十年(1921)末には御判断及び御思考なども障害され認知症となられた。大正天皇の御病気は、初発症状が「失語症」なら「原発性進行性失語症」と推定される。「原発性進行性失語症」は言語優位半球(通常は左大脳半球)の前頭葉、側頭葉および頭頂葉のうちの少なくとも1つに脳萎縮がおこり、はじめに顕著な失語症を生ずる。その後、脳萎縮が広がるにつれ、失語症は徐々に増悪し、さらに記憶、判断、思考なども障害され、認知症となる。「原発性進行性失語」には三つの型があり、大正天皇の御症状はそのうちの「非流暢/ 失文法型」の可能性がある。初症時の発語障害が失語症ではなく、構音障害の場合は「大脳基底核症候群」が考えられる。「大脳基底核症候群」は、一側優位の大脳半球皮質と皮質下神経核(特に黒質と淡蒼球)などの萎縮でおこるといわれる症状で、中年期以降に徐徐に始まり、ゆっくり進行する運動及び認知機能障害である。「原発性進行性失語症」あるいは「大脳基底核症候群」などを起こす原因については現在のところ明らかにはされていない。大正天皇は御降誕後一年の間に二回、鉛中毒が原因の可能性がある「脳膜炎様の御疾患」に罹患された。幼少時に脳疾患に罹り、その症状が完全になくなり、しかも長年にわたり症状が無くても、その幼少時の脳疾患が原因で別の神経変性疾患をおこすということはありうることである。したがって、御降誕後に二回罹患された脳膜炎様の御疾患は「原発性進行性失語症」あるいは「大脳基底核症候群」の危険因子(病気を引き起こしやすくする要因)と考えられる。
著者
中川 栄二
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.9-14, 2016 (Released:2016-12-06)
参考文献数
15

【要旨】発達障害とは、先天的な様々な要因によって乳児期から幼時期にかけてその特性が現れ始める発達遅延であり、主な発達障害には、知的障害(ID)、自閉スペクトラム症(ASD)、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)などがある。発達障害ではてんかんの併存や脳波異常を認める割合は高く、抗てんかん薬の治療効果が報告されている。自験例220例での検討では、脳波異常76%、てんかん併存40%、睡眠障害を34%に認めた。脳波異常は、入眠時に前頭部優位の高振幅鋭波や徐波、高振幅律動性速波がASDで55%、ADHDでは64%と高頻度に認められた。脳波異常を認めるASDでは、抗てんかん薬内服で生活の質の改善が75.5 %で認められ、脳波異常を認めるADHDでは、抗てんかん薬内服で生活の質の改善が70.5%で認められた。発達障害と脳波異常の関連については、特に前頭葉の抑制系機能の未熟性や機能低下が認知機能や抑制機構に影響を与えていると考えられ、てんかんを伴うとさらに抑制機能が低下することが示唆された。
著者
長谷川 眞理子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.108-114, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
14

【要旨】ヒトの心理や行動生成の仕組みも、ヒトの形態や生理学的形質と同様に進化の産物である。ヒトの持つ技術や文明は、この1万年の間に急速に発展し、とくに最近の100年ほどの間には、指数関数的速度で変化している。しかし、ヒトの脳の基本的な機能が生物学的に獲得されたのは、霊長類の6,500万年にわたる進化の中で、ホモ属の200万年、そして私たちホモ・サピエンスの20万年の進化史においてである。進化心理学は、ヒトの進化史に基づいて、ヒトの心理や行動生成の仕組みの基盤を解き明かそうとする学問分野である。近年の行動生態学や自然人類学の知識を総合すると、ヒトという種は、他の動物には見られないほど高度に社会的な動物である。ヒトの社会性や共感性の進化的基盤は、もちろん、類人猿が持っている社会的能力にあるのだが、ヒトのこの超向社会性の進化的起源を解明するには、ヒトが類人猿の系統と分岐したあと、ヒト固有の進化環境で獲得されたと考えられる。ヒトには、他者の情動に同調して同じ感情を持ってしまう情動的共感と、他者の状態を理解しつつも、自己と他者とを分離した上で、他者に共感する認知的共感の2つを備えている。これらは、ヒトの超向社会性の基盤である。人類が他の類人猿と分岐したのは、およそ600万年前である。そのころから、地球の環境は徐々に寒冷化に向かい、とくにアフリカでは乾燥化が始まった。その後、およそ250万年前からさらに寒冷化、乾燥化が進む中、人類はますます広がっていく草原、サバンナに進出した。そこにはたくさんの捕食者がおり、食料獲得は困難で、食料獲得のための道具の発明と、密接な社会関係の集団生活が必須となった。この環境で生き延びていくためには、他者を理解するための社会的知能が有利となったに違いない。しかし、ヒトは、「私があなたを理解していることを、あなたは理解している、ということを私は理解している」というように、他者の理解を互いに共有する、つまり、「こころ」を共有するすべを見いだした。それが言語や文化の発達をうながし、現在のヒトの繁栄をもたらしたもとになったと考えられる。
著者
渡邉 修
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.78-86, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
12

東京都の高次脳機能障害者実態調査(2007年;対象は通院患者899人)によると、高次脳機能障害者が呈する症状として、行動と感情の障害、記憶障害、注意障害、失語症、遂行機能障害が上位を占めた。これらの障害のなかで、特に行動と感情の障害、注意障害、遂行機能障害の責任病巣として前頭葉の占める比率は高く、社会参加を阻害する大きな要因となることから、リハビリテーションを進める上でターゲットとなる障害である。リハビリテーションは急性期には要素的訓練を、慢性期には代償的訓練が主体となり、いずれの時期でも、行動障害に対する行動変容療法や、人、構造物、制度からなる環境調整に配慮する。認知障害や行動と感情の障害は身体障害に比べ回復に時間を要することから長期的訓練と支援が重要である。認知リハビリテーションによって脳神経活動は、損傷範囲を避け、健常者と異なる多様な賦活パターンを示すようになる。

6 0 0 0 OA 美の認知

著者
川畑 秀明
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.84-88, 2011 (Released:2017-04-12)
被引用文献数
1

人は何に、どのように美を感じるのであろうか。芸術や美をめぐる問題は自然科学 からのアプローチが極めて稀であったが、近年の機能脳画像の手法の進歩はそれを可能にし た。この神経美学は、人文科学の問題を自然科学の手法を用いて明らかにしようとするた め、その問題の所在が自然科学者には分かりにくい点も多い。本稿では、哲学から心理学、 脳神経科学に至る美の認知研究の課題を整理した上で、美の本質、基準、過程という3 つの 問題に対するアプローチの例を紹介しながら、美の認知研究の枠組みを論じる。
著者
岡崎 慎治
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3+4, pp.118-124, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
17

【要旨】近年の認知機能のアセスメントの動向として、検査で測定される認知機能は単一の内容(知能や読み能力)から複数の構成要素に変化してきたことを挙げることができる。そこでは、知的能力を認知処理およびそのプロセスからとらえ、個人の認知処理様式の強い部分と弱い部分を明らかにし、強い面で弱い面を補うことを指導や支援で促すことにつなげることが可能という仮説を理論的に背景にもつことが多い。このような特徴は、とりわけ小児の発達障害を中心とした学齢期の児童生徒の認知評価とその支援への認知特性アセスメントへの検査適用として受け入れられてきた。中でもルリア(Luria, A.R.)による脳における高次精神機能の機能的単位に関する理論と、これをダス(Das, J.P)が発展させた知能のPASS(プランニング、注意、同時処理、継次処理)理論は、認知機能のアセスメントに係る理論的背景の一つと考えられている。ここでは知能のPASS理論ならびに関連する研究知見について概観すると共に、PASS理論を理論的背景として小児の認知機能評価に利用できる日本版DN-CAS認知評価システム(Das・Naglieri Cognitive Assessment System;DN-CAS)について述べた。
著者
宮岡 剛
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.180-185, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
24

【要旨】 抑肝散は古くから小児の癇癪、夜泣きや不眠症に対する効果が認められてきた生薬である。近年、認知症に伴う精神・行動障害に対する有効性に関する報告が増えている。我々は、境界性人格障害および遅発性ジスキネジアの症状改善にも有効であることや、治療抵抗性の統合失調症の増強療法にも有用であることを報告した。本稿ではこれらの臨床試験を総説するとともに様々な精神疾患への応用についての考察を加えたい。
著者
鈴木 圭輔 宮本 雅之 平田 幸一 宮本 智之
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.1-7, 2015 (Released:2016-12-06)
参考文献数
20

【要旨】レム睡眠行動異常症(RBD)はレム睡眠中の異常行動を特徴とする睡眠時随伴症で、悪夢を誘因とした激しい行動により、自分自身またはベッドパートナーに外傷をきたす。本症は通常、覚醒を促すと夢と行動の内容を想起できることが特徴である。特発性RBDは50歳以降の男性に多く、有病率は一般人口の約0.5%と報告されている。病態機序としてはREM睡眠を調節する脳幹神経核(青斑核、脚橋被蓋核、背外側被蓋核、下外側背側核、巨大細胞性網様核など)およびその関連部位、扁桃体、線条体、辺縁系、新皮質などの障害が推定されている。RBDの診断は睡眠ポリグラフ検査(PSG)にて筋緊張抑制の障害の検出が必須であるが、PSG前のスクリーニングにRBDスクリーニング問診票が有用である。RBDの治療はクロナゼパムの就寝前投与が有効である。RBDの追跡研究ではパーキンソン病(PD)、多系統萎縮症あるいはレビー小体型認知症(DLB)などのシヌクレイノパチーに移行する症例が多くみられる。さらにRBDは嗅覚障害、色覚識別能障害、高次脳機能障害、MIBG心筋シンチグラフィーの集積低下、経頭蓋超音波にて中脳の黒質高輝度所見などのレビー小体関連疾患(PD、DLB)と共通する所見がみられる。このように、特発性RBDは神経変性疾患とくにレビー小体関連疾患の前駆病態である可能性が高く、神経変性疾患に移行する前の治療介入の可能性に関して注目されている。本稿ではPD、RBDでみられる認知機能障害についても概説する。
著者
福井 俊哉
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.156-164, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
8
被引用文献数
2

【要旨】遂行(実行)機能とは、「将来の目標達成のために適切な構えを維持する能力」と定義され、具体的には、1) 目標設定、2) 計画立案、3) 計画実行、4) 効果的遂行などの要素から成り立っている。換言すると、1) 意図的に構想を立て、2) 採るべき手順を考案・選択し、3) 目的に方向性を定めた作業を開始・維持しながら必要に応じて修正し、4) 目標まで到達度を推測することにより遂行の効率化を図る、という一連の行為を指す。 遂行機能の総合検査法には、簡便なものとしてFrontal Assessment Battery (FAB)、詳細なものとしてBehavioural Assessment of the Dysexecutive Syndrome (BADS)などがある。さらに、遂行機能を包括的な機能と捉えた場合、その一部を構成する下位脳機能(とその検査法)として、分割注意、複数課題の処理能力(かなひろいテスト、Trail Making Test)、思考セットの変換(Stroop Test)、思考スピード(語想起)、帰納的推測(Wisconsin Card Sorting Test、Tower of Hanoi)などがある。遂行機能障害は前頭葉または線条体前頭葉投射系の障害で生じる。遂行実行機能障害の発現に直接関与する投射系は背外側前頭前野投射系であるが、外側眼窩前頭葉投射系の障害は脱抑制的・無軌道な行動を生じ、また、前部帯状回投射系の障害は無為・無関心を生じ、いずれも遂行機能を間接的に障害する可能性がある。
著者
大須 理英子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.217-222, 2005 (Released:2011-07-05)
参考文献数
14

脳が手足を制御するときに解決すべき問題は、制御プログラムが手足のあるロボットを制御するとき解決すべき問題と類似している。計算論的神経科学では、このような視点から、脳に実装されていると思われる機構を同定する。これまでの研究により、例えば速くて正確な腕の運動を実現するためには、フィードフォワード制御が必要であることがわかってきた。このためには、制御対象(例えば腕)のダイナミクスを表現する内部モデルが脳内に獲得されていなければならない。リハビリテーションが必要な状態というのは、このような脳内の制御機構に何らかの異常を来したか、その制御対象である手足に異常を来したのかどちらかであることが多い。いずれの場合にも、速くて正確な運動を取り戻すには、内部モデルの再構築が必要である。これまでのリハビリテーション訓練は、フィードバック制御を必要とする運動が多く、内部モデルを再構築するには最適ではない可能性がある。このような視点からリハビリテーション手法を見直すことでよりよい機能回復がはかれる可能性がある。
著者
松崎 朝樹
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3+4, pp.172-175, 2015 (Released:2016-06-17)
参考文献数
7

【要旨】マジック=手品とは、マジシャンが巧妙な方法を用いて見る者の目をあざむき数々の不思議なことをしてみせる芸である。実際に奇跡が起きる訳ではないが、そこには人が持つ、認知を主とした様々な精神の機能が関与している。マジックを成立させる上で、秘密を特定するに至る光学的情報の抑制、情報のピックアップを妨げること、あり得ない出来事を思わせる情報を作りだすことの3つが重要となる。マジシャンが隠すべき秘密に警戒心を持てば観客にもその警戒心が、そして秘密の存在が伝わるものであり、マジシャンは隠すべきところの緊張感を消すように努めている。人は物事を個々ではなく集合、すなわちゲシュタルトとして認識する力を持っており、その際には真の正確さよりも、自然さが優先されている。それにより人は、情報が完全にそろわずとも推測で補い物事を迅速に処理することを可能にし、細部を過剰に認知せずに処理することで費やす認知リソースを節約できる。その推測で保管された認識と現実の狭間に秘密を隠しこむのがマジシャンの技術である。人は物事に疑問を抱くと考え、何らかの答えを得たところで、その疑問に対する思考を終える。これは認知リソースを節約するための機能だが、マジシャンは偽りの答えを観客に提供することで、秘密を探る観客の思考を止め、惑わすことに成功している。しばしばマジックでは起きる現象を予告しなかったり、わざと疑うべき点を多数残したりすることで、「いつ」「どこ」を疑うべきかを不明確にし、マジックの秘密に気付くことを防いでいる。さらに、観客にトランプを覚えたり道具を調べたりするなどのタスクを課し、さらには、動く物体や視線などに向けられる自動的な注意を引き出すことで、マジックの秘密を探る観客の注意を操作して情報のピックアップをコントロールしている。これらの現象は、観客が正常の認知機能を有するからこそ成り立つことであり、マジックを不思議だと思えてこそ正常と言えよう。人がマジックに非現実を見る機能を通すことで、日常的な人の認知機能につき理解は深まる。
著者
廣中 直行 高野 裕治 髙橋 伸彰 田中 智子 板坂 典郎 小泉 美和子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.96-102, 2011 (Released:2017-04-12)

ヒト以外の動物を用いて快情動を研究することは難しく、客観的に計測可能な行動を対象にする必要がある。このような観点から、我々は報酬探索の神経機構について検討した。一連の実験によって、1)内因性のノシセプチンが高脂肪食に対する選好を調節していること、2)海馬のシータ波が報酬の予期に関係しているらしいこと、3)報酬記憶の形成に伴って海馬のドパミン受容体が増加すること、4)扁桃体のドパミン受容体が選好行動の発現に重要な役割を果たしていることなどが示された。これらの結果は報酬探索における学習や記憶の重要性を示すものであった。報酬探索は生存に必須な生理機能であるが、嗜癖や依存といった病態につながるおそれもある。今後の研究では、正常な報酬探索とその病態を統合的にとらえる視点が必要である。そのような研究の中から快情動の構造と機能について新たな洞察が得られることが期待される。