- 著者
-
穐山 新
- 出版者
- 日本社会学会
- 雑誌
- 社会学評論 (ISSN:00215414)
- 巻号頁・発行日
- vol.66, no.1, pp.2-18, 2015
本稿の目的は, 比較歴史社会学的な手法を用いて, シティズンシップにおける「共同社会」を統合する原理を, 戦前期における日本と中国の社会的権利をめぐる思想と政策を通じて明らかにしていくことにある. 日本でも中国でも共通して, 「社会連帯」を通じて共同社会に能動的に貢献できる人格を生み出していくことがめざされていたが, 「社会連帯」の否定的な対概念である, 怠惰な依存者を生み出すものとしての「慈善」に対する理解には, 以下のような相違が見られた.<br>日本における「慈善」は, 篤志家の施与や温情による救済という, 救済者のパターナリズムを意味した. それゆえ, 方面委員制度として具体化されたように, 「社会連帯」の理念ではそうした非対称的な関係を解消するための, 家庭・地域の日常的な場における社交や, 救済者がみずからの優越的地位を自己否定する「無報酬の心」が強調された. それに対して中国における「慈善」は, 慈善事業を運営する個々の郷紳の人格的能力という偶然性に依拠した「組織性」を欠いた救済 (「各自為政」) を意味した. そのため, 中国で「社会連帯」を可能にするためには, 何よりもまず「組織」の形成および確立と, そうした組織を束ねて運営する能力を有する「人」の発掘と育成が課題となった.<br>以上の検討を通じて本稿では, 救済者の自己犠牲の精神と組織への強力なコミットメントという, 両者における共同社会を統合する原理の違いが生み出されたことを明らかにした.