著者
土田 将之 柴田 昌和
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2013, 2014

【はじめに,目的】人体に多数存在する骨格筋の各々には複数の線維束があり,それらは異なる機能的特徴を持ち,中枢神経制御から独立した働きをすると考えられている。中殿筋の線維束については前部線維,中部線維,後部線維の3つの線維束を持つという報告と,前部線維,後部線維の2つの線維束を持つという報告がある。しかしそれぞれの線維束の境界についての具体的な場所の記述はない。中殿筋は理学療法の治療対象となる機会が多い筋であり,その研究も多くなされている。その研究手法は表面筋電図を用いたものが主流であるが,筋線維束の境界が不明確なため,電極の貼付位置が統一されていない。そこで本研究の目的は ①複数あるといわれる中殿筋の筋線維束の境界を形態的に明らかにすること ②確認した複数の線維束上に,表面筋電電極を貼付するための適切な位置を検討すること ③中殿筋の働きについて,線維束の違いによる機能的特徴という観点から再考することとした。【方法】大学病院において,献体を用い以下の3つの実験を実施した。①中殿筋線維束の境界を観察するために,7体(男3,女4)13肢の中殿筋を剖出し,肉眼にて線維走行の異なる箇所(境界)の有無を観察し,境界に沿って中殿筋を分け,内部構造を観察した。②7体(男4,女3)14肢の中殿筋を取り出し,前部線維と後部線維に分割し,その湿重量を測定し,前後の重量比を算出した。③7体13肢の右下肢の腸脛靭帯と中殿筋,中殿筋と大殿筋の境界位置を腸骨稜上で計測し,腸骨稜長(ASISから腸骨稜を辿りPSISへ至るまでの長さ)の何%の位置にあるかを記録した。その後腸脛靭帯と大殿筋を剥離し,先行文献が示す3つの電極の貼付箇所(A:ASISと大転子を結んだ線上の50%の位置,B:腸骨稜と大転子を結んだ線上の50%の位置,C:腸骨後部と大転子を結んだ線上の33%の位置)にピンを挿し,位置の妥当性を検討した。【倫理的配慮,説明と同意】本研究は神奈川県立保健福祉大学ならびに神奈川歯科大学倫理委員会の承認を得たうえで行った。【結果】①腸骨稜長の約60%の位置と大転子を結んだ線を境にして,中殿筋は明確な筋線維走行の違いを見せており,この線を境にして中殿筋が前部線維と後部線維に分かれる様子が確認できた。その他の明瞭な境界線は確認されなかった。次に,確認された境界より中殿筋を分け,内部構造を観察したところ,後部線維の停止部が腱組織に移行しており,中殿筋はこの内部腱を境界として構造的に前部線維と後部線維に分かれていることを確認した。②平均重量は前部線維130.1±25.9g,後部線維は100.8±22.0gで,散布図の近似曲線の傾きより前部線維と後部線維の重量比は約10:8であった。③A,Bはともに中殿筋の前部線維上に,Cは後部線維上に位置することが確認できたが,翻転していた大殿筋を起始部に戻すと,Cの位置は大殿筋の線維に覆われてしまうことが確認された。【考察】後部線維の重量比の大きさから,骨盤・下肢の安定性に対する後部線維の役割は,従来考えられているものより大きいと考えた。特に,後部線維の働きが股関節の進展・外転・外旋であることを考えると,ジャンプ後の片脚着地動作などの場面で股関節の屈曲・内転・内旋を制動し,前十字靭帯損傷の危険性を軽減させる要因となっている可能性が考えられた。また電極の貼付位置については,先行文献が示す位置では,Aは腸脛靭帯の上から中殿筋の前部線維の前方筋腹上に位置し,Bは前部線維の後方筋腹上に位置していたが,Cの箇所には大殿筋の筋線維が走行していた。ASISから計測した腸骨稜長の約60%~83%の位置において,大殿筋に覆われていない中殿筋後部線維の走行が確認されたことから,後部線維の筋活動を計測するための,より適切な貼付位置の存在が示唆された。【理学療法学研究としての意義】明確にされていなかった中殿筋線維束の境界を明らかにすることで,表面筋電計を用いた理学療法研究における,研究手法確立の一助となり得ること。

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