著者
大野 大地 鈴木 英樹 水谷 良二
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2014, 2015

【はじめに,目的】厚生労働省による高齢者介護実態調査では,介護施設において入所し生活されている高齢者の中で,膝関節に拘縮をかかえ,さらにズボンの脱着動作に介助を要している者が過半数いることがわかっている。寝たきりの高齢者に対するリハビリテーションでは,主疾患に加え,加齢や寝たきりによる合併症状(視覚障害や難聴,認知症,覚醒レベルの低下など)がみられ,意思表示を含めた本人の主観的な疼痛や疲労感などを客観的な指標で把握することが困難とされている。寝たきりの高齢者にとって,急激な体動や疼痛によって起こる心肺反応は,急性心筋梗塞や脳梗塞の再発リスクになることがわかっている。しかし,日常的な介護に伴う心肺反応を客観的に測定した研究は少ない。そこで今回は,膝関節の伸展制限を有する寝たきり高齢者の下衣脱着動作介助に着目し,介助時の心肺反応の変化をみるとともに,関節可動域の変化が,それらの反応にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしたいと考えた。【方法】介護老人保健施設入所利用者の中で,65歳以上で且つ障害老人の日常生活自立度判定基準がB及びCランクに該当する者の中から,医師の指示のもとバイタルサインが安定しており膝関節に10度以上の伸展制限を有している者を対象とした。無作為に抽出した6名で研究を開始した。研究は,Single Subject design - ABA法を用い,非介入4週間,介入6週間,非介入4週間の全14週間を期間とした。計測項目は,膝関節の他動伸展可動域,下衣脱着動作介助に伴う対象者の血圧,脈拍,SPO<sub>2</sub>,呼吸数,マスク圧,介助にかかる所要時間,体動回数とし,介入の前後で比較した。体動センサーは,腹部に装着した。介助実施者は,施設内にて選定された対象者を日頃から担当していて,且つ介護経験5年以上の者とした。介入は,平均週2回の個別リハビリテーションの他に,膝関節の他動的な関節可動域運動(全可動域5回)とハムストリングスのストレッチ(60秒間)を1日2回(午前・午後)実施し,毎介入後は獲得された最終可動域で保持できるようポジショニングを1時間行った。以上の条件にて週5日間,計6週間実施した。【結果】介入前と比較し介入後は,「膝関節の他動伸展可動域」が拡大した。また,介入後は,下衣脱着動作介助時の「血圧(SBP,DBP,PP),脈拍,SPO<sub>2</sub>」が減少した。介助時の「呼吸数,マスク最大陰圧」においては増加した。「介助にかかる所要時間(脱ぎ,履き),体動回数」は減少した。【考察】下衣脱着動作介助時の「血圧(SBP,DBP,PP),脈拍,SPO<sub>2</sub>」が介入前と比較し,介入後に減少したことについて,膝関節の他動運動介入が要因として考えられるが,このことについて石田らは寝たきり高齢者に対する他動運動は循環機能を高め,精神的にも落ち着かせると考察している。また,「介助時の呼吸数,マスク最大陰圧」が介入後に増加したことについて,介入による循環機能の向上が要因として考えられるが,このことについて堀田らは活動する筋の酸素要求に応じて呼吸を調節する機能が運動開始直後にもあり,運動開始直後の呼吸数を高めることで酸素摂取量増加に影響すると考察している。そして,「介助にかかる所要時間(脱ぎ,履き),体動回数」が減少したのは,関節可動域が拡大したことがよりスムーズな脱着動作につながったと考えられ,これについて井手ら,小林らは,他動的に着衣させる場合においても関節可動域が重要であると報告している。【理学療法学研究としての意義】これまで,日常的な介護に伴う心肺反応を客観的に測定した研究は少ない。今回,膝関節の他動伸展制限を有する高齢者に対し,膝関節の他動伸展運動を行うことで,下衣脱着動作介助に伴う高齢者の血圧や脈拍,SPO<sub>2</sub>の変化を低下させる可能性があることが示唆された。また,関節可動域制限が軽減されることは,介助をする側にとっても介助をより安全でスムーズに進める上で重要な要因であると考える。

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