著者
山本 教人
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.5-26, 2010

<p> オリンピックメダルやメダリストが、メディアによってどのように描かれているのかを物語の観点から明らかにするために、1952年ヘルシンキ大会から2008年北京大会を報じた「朝日新聞」の記事を対象に、内容分析を行った。<br> 我が国のメダリストに関する分析から、次のことが明らかとなった。メダルの多くが体操、柔道、レスリング、水泳などの種目で獲得されていた。近年、オリンピック新種目での女子選手の活躍が顕著であった。多様な企業に所属する選手が増加傾向にあった。<br> オリンピックでメダルを獲得することは、我が国の国力を世界に向けて示すことであり、メダリストの養成は国策として報じられていた。1970年代前半までのメダリストのメディアイメージは、類い希なる「根性」の持ち主であり、メダリストには超人的な存在の名が冠せられた。精神主義を介してつながる、国家と個人の関係イメージを指摘できた。<br> 東西両陣営によるオリンピックを通した国力の誇示、オリンピックの商業主義が進行する状況で、商業資本を利用したメダルの獲得は、ますます国策として位置づけられるようになった。この時期のメディアは、プレッシャーに負けず実力を存分に発揮する選手を理想のアスリート像として提示した。<br> 1990年代前半のスポーツをめぐる状況の変化のなかで、新しいタイプのメダリストがメディアに登場した。この時期の報道は、メダリストの個人情報に焦点化したものが多く、彼らをひとつのロールモデルとして位置づけているように思われた。このような報道においては、国策としてのメダル獲得と、メダリスト個人の体験はつながりを失ったものとしてイメージできた。しかし時に、選手の振る舞いや言動を通して、国家や組織から自由ではないアスリートの姿がメディアに描かれることもあった。スポーツの商業主義化やメディアの多様化は、今後、国策としてのメダル獲得とメダリスト個人の関係をますます複雑・多様化すると考えられた。</p>

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