著者
町田 尚久
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2013, 2013

<B>1.はじめに</B><BR> 寛保2年の洪水は,埼玉県長瀞町の寛保洪水位磨崖標などに代表されるように,関東地方では荒川流域や利根川流域,千曲川流域を中心に大きな被害をもたらした.特に千曲川流域の浅間山周辺では大きな土砂災害や洪水災害がもたらされた(丸山1990など).この洪水にかかわる古文書は,近畿地方から関東地方にかけてあり,近畿地方では鴨川や近江の災害がみられるものの詳細な記録は数少ない.また,関東甲信越地方では,多数の古文書やそれにかかわる文献がある.この洪水の原因に関しては,国土交通省北陸地方整備局(2002)によって複数の台風の進路が提示されているが,諸説あるため,実態に則して気象現象を明らかにする必要がある.そこで本研究では,埼玉県内の寛保2年災害にかかわる複数の資料に記載されている気象実態から,災害の実態との関係を考察する.なお,本研究では日付を旧暦にて表記する.<BR><B>2.寛保洪水にかかわる資料と気象実態</B><BR> 寛保2年の気象の記録は,現在の埼玉県越谷市(越谷市史),深谷市(武州榛沢郡中瀬村史料),加須市(加須市史),羽生市(羽生市史),県外では長野県松本市(松本市史上巻)がある.たとえば,越谷市史の西方村旧記の弐(越谷市役所市史編纂室1981)には次のような天気の変化が記録されている.<BR><BR> 越谷市史(西方村旧記 弐)<BR> <I>寛保ニ戌年七月廿七日より八月二日迄雨ふり続き申候、<BR> 尤朔日之朝より大雨降リ八ツ過より丑寅風にて、雨の降<BR> る事矢之ごとく、同晩四ツ時より辰巳風に成大風にて大<BR> 木もたおれ、雨は桶よりまけることくして,二日之朝七<BR> ツ時より雨風しづかに成、五ツ時より天気能三日之昼九<BR> ツ迄川通リ水少に(略)</I><BR><BR> 気象の実態を解釈し抜粋すると,越谷市では,8月1日の八ツ過(14時過ぎ)より「丑寅風」(北東),同じ晩の四ツ時(20時)より「辰巳風」(南東)となる.2日の朝七ツ時(4時)には,「雨風しづか」となり,降雨をもたらした気象現象がほぼおさまったと考えられる.<BR><B>3.資料からみた埼玉周辺の気象の実態</B><BR> 埼玉県内の越谷,加須,羽生,深谷の各地点では,降雨が27日から認められる.28~29日には,降雨がある場所ない場所に分かれるため,不安定な天候であったこと推察され,29日に限っては小康状態となっていた可能性が極めて高い.一方で29日の夜には,深谷で北東風(艮風)と大雨,長野県松本で大雨との記載があるが,その他で明確な表記が少なく不安定な天候が8月1日の午前中まで続いていたと解釈できる.<BR> 8月1日になると埼玉県内の各地点と長野県松本のすべてで,大雨となり風もあった.特に越谷では14~16時に東北風(丑寅風)が,長野県松本市では16~18時に北風が吹く.そして22~24時には越谷で南東風(辰巳風)となり,風向きの変化がみられることから,台風と考えられる.そして越谷では台風の北から東側にあたる位置であったと解釈される.松本は,山間地域の北風であることを考慮すると,少なくとも台風の西側の位置にあたる.このことから台風の中心は,埼玉県越谷と長野県松本の間を通過したと考えられ,関東・東海から北上し,日本海方面へ向けて通過したと判断される.<BR><B>4.台風の検証と異常気象との関係</B><BR> 越谷で大風の影響が14時~翌4時で最大14時間である.この記録を基に一般的な台風(直径400㎞)を想定すると,平均移動速度が約29㎞/hとなることから比較的速い速度で通過したことになる.寛保2年の全国的な天候を長崎県諫早や青森県弘前などの古文書を参考に解釈すると,比較的天候に恵まれており冷夏や異常気象の記載がみられない.一方で台風の直径が400km以上になると,近畿地方から関東地方にかけてが,台風の影響範囲と一致するので,寛保2年の災害は台風によるものと判断できる.しかし近畿地方の資料には,時間の記録がある資料を得られていないことから,さらに精査する必要がある.<BR><B>5.台風によってもたらされた崩壊とその後の影響</B><BR> 丸山(1990など)は,千曲川流域の災害の実態を古文書などから復元し,町田(2011)は寛保洪水位磨崖標の高水位の原因をマスムーブメントと指摘した.この実態に沿うように,武州榛沢郡中瀬村史料(河田1971)には,西上州の山々の崩壊が記されている.このことから利根川流域の西側では数多くの崩壊をもたらしたと推察できる.一方で秩父では崩壊の記録は少ないため,そこから浅間方面に向けて崩壊地が増加していたと考えられる.従来の歴史水害の研究は,水害の要因を降雨の増加にともなった流量の増大として考えることが多いが,崩壊が河川への供給源となって土砂を下流側へ供給することで,水害が発生することも考慮する必要がある.今後,氾濫の実態から河床変動との関連性を明らかにする.

言及状況

外部データベース (DOI)

Twitter (1 users, 1 posts, 0 favorites)

こんな論文どうですか? 埼玉県内の資料から解釈した寛保2年洪水の古気象(町田 尚久),2013 https://t.co/8Y4E8xsnBp

収集済み URL リスト