著者
荒堀 智彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

1. 研究の背景と目的<br>&nbsp;感染症流行の調査監視,防疫を行う際,流行状況や患者数の把握を目的として運用される感染症サーベイランスがある.日本では都道府県単位,保健所管轄区単位における広域な流行状況の把握を基本としているが,サーベイランスのみでは局地的な地域内伝播を把握することは難しい.また,重松・岡部(2008)ではサーベイランス情報には地域に関する情報が含まれておらず,ローカルな防疫戦略や,住民に提供する情報に付加価値を付与するためにも他の地理情報との結び付けが重要となると指摘している.<br>&nbsp;そこで荒堀(2013)では,和歌山県の学校施設における学級・学校閉鎖状況から,県内諸地域におけるインフルエンザの空間的拡散について,学校間距離による分析を行った.しかし,2009年9月以降を対象とした伝播のみを扱っているため,県外からの伝播経路の考察ができていない.また,インフルエンザはヒト同士の接触,移動によって感染が広がると考えられるため,環境要因として人々の行動範囲である生活圏を考慮する必要がある.和歌山県は全体の約81%が山間部で占められており,全市町村において,常住地における従業・通学者数が最も多い.そのため,生活圏内における伝播を分析することで,局地的な地域内伝播を考察することが可能であると考えられる.本研究では,2009年の新型インフルエンザパンデミックを概観し,県外からの侵入と局地的な地域内伝播について,生活圏との関係を考察することを目的とする.<br>2. 研究方法<b><br></b>&nbsp;本研究では国立感染症研究所と和歌山県による感染症サーベイランスデータ,および新聞記事資料を用いる.新聞記事資料からは,2009年シーズンにおける世界の流行状況と,サーベイランスから得ることが困難な学校施設以外の地域伝播に関する情報を抽出した.生活圏は流行シーズンに近い平成22年国勢調査従業地・通学地集計により,通勤・通学圏を生活圏として用いた.<br>3. 新型インフルエンザパンデミックと日本への影響<b><br></b>&nbsp;2009年の新型インフルエンザは,3月下旬のメキシコにおける発生を発端に,約1ヶ月の間に米国,英国,トルコなど40ヶ国・地域に急速に伝播した.流行開始直後に米国とメキシコのウィルスがA(H1N1)亜型と判定され,これを受けて世界保健機関(WHO)は6段階ある警戒水準をフェーズ5に引き上げた.最終的に6月には警戒水準をフェーズ6に引き上げており,ウィルスの感染力が強かったことがわかる.<br>&nbsp;日本においては,2009年5月上旬にカナダから成田空港に帰国した3名の感染が確認された.当初は成田空港検疫所の症例が,国内最初の症例とされていたが,国内流行開始後の調査で神戸市における発生が成田空港よりも先であったことが明らかにされている(谷口,2009).インフルエンザは潜伏期間のある感染症であるため,感染から発症までのタイムラグが関係していると考えられている.その後,5月下旬にかけて,近畿地方では兵庫県,大阪府で,関東地方では東京都から神奈川県,埼玉県で患者が確認された.和歌山県内においては和歌山市において5月下旬にハワイに渡航歴のある患者が1名確認され,7月上旬の山形県の発生をもって国内全都道府県の発生が確認された.<br>4. 和歌山県におけるローカルな伝播過程<b><br></b>&nbsp;2009年5月下旬に県内で初発例が確認された後は,6月下旬に橋本市においてタイに渡航歴のある患者が1名確認された.大阪府では6月下旬まで患者の増加が続いていたものの,和歌山県においては2例目の確認が初発例の1ヶ月後であったのは,和泉山脈を隔てた生活圏の分断の影響と考えられる.以後7月下旬までの患者数の増加は,和歌山県北部から大阪府南部への通勤・通学者から発生し,和歌山市と岩出市において高校生を中心とした集団発生が確認されている.北部の市町村のうち,和歌山市と岩出市は,泉佐野市などの大阪府南部への通勤・通学者数が多いことが要因として考えられる.7月下旬以降には和歌山市から約70km離れた田辺市において高校生の集団発生を発端とした感染者増加が確認されている.田辺市の事例は,初発患者が夏季のクラブ活動において田辺保健所管内を移動したことによる接触の影響が考えられているが,初発患者の感染経路は不明である.他の市町村では,9月以降に感染者の増加が確認された.以上により和歌山県へのウィルス侵入は関西空港を経由した渡航経験者から始まり,地域内伝播と生活圏については,北部は大阪府との通勤・通学,中南部は中心地から生活圏内の移動による影響が強かったと考えられた.<br>&nbsp;こうしたローカルな伝播過程は,荒堀(2013)による学級・学校閉鎖からみた和歌山県内の空間的拡散パターンの裏付けとなる.

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