著者
荒堀 智彦 若林 芳樹
出版者
日本地図学会
雑誌
地図 (ISSN:00094897)
巻号頁・発行日
vol.60, no.2, pp.19-26, 2022-06-30 (Released:2023-09-14)
参考文献数
26

Since the beginning of the COVID-19 pandemic in 2019, disease maps have attracted a lot of public attention. Nevertheless, thematic maps have been rather neglected in the history of cartography as pointed by Robinson (1982). Koch (2011, 2017) has traced the history of disease maps in Western countries, but little is known about their history in Japan. This study addressed this gap by tracing the development of disease mapping in modern Japan in comparison to its history in Western countries. Documents pertaining to an outbreak of cholera in Meiji era indicated that the first disease map of Japan was published in 1879, after the development of Japanese health statistics.However, since the topographic map of the country was incomplete at that time, the base map was not accurate. In 1885, a disease map of Japan was published using choropleth map based on a surveymap. Concerning large-scale map within the city, a dot map of cholera cases of central Tokyo was developed in 1896. The Taisho era saw an uprise in the publication of a wide range of disease maps that presented distributions of infectious agents or prevention measures for epidemics. Thus, disease maps in modern Japan were developed a little later than those in Western countries, paralleling the development of health statistics and survey maps.
著者
荒堀 智彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
巻号頁・発行日
pp.205, 2020 (Released:2020-03-30)

1. 研究の背景と目的 グローバル化が進む現代社会において,世界各地で発生している新興・再興感染症の問題は,公衆衛生上の新たなリスクとなっている.インフルエンザについては,2017年に世界保健機関(WHO)がインフルエンザリスクマネジメントに関する基本方針を発表した.その基本方針の一部には,社会包摂的アプローチの導入が提案されている(WHO, 2017).そこでは,世界レベル,国レベル,地方レベル,コミュニティレベルの各レベルで,経済,交通,エネルギー,福祉などの各分野が協同でリスクマネジメントに取り組むことが明記されている.感染症を撲滅するのではなく,いかにして予防・制御していくのかに重点が置かれ,日常的な備えとして,各レベルにおける効果的な情報配信とリスクコミュニケーション体制の整備が求められている. 世界各国では,感染症の状況把握と分析のために感染症サーベイランスを運用し,サーベイランス情報を地理情報システム(GIS)に組み込んだ,Webベースのデジタル疾病地図の整備が進められている.加えて,それらのツールを利用したリスクコミュニケーションへの応用も行われている(荒堀,2017). 日本では,厚生労働省と国立感染症研究所を中心とした感染症発生動向調査(NESID)が国の感染症サーベイランスシステムとして構築され,1週間毎の患者数や病原体検査結果が報告されている.しかし,NESIDで収集されるインフルエンザ情報は,報告する定点医療機関が5,000と限られており,全国における流行の傾向を知ることには適しているが,地方レベル以下のローカルスケールにおける詳細な流行状況を知ることには適していない.そこで本研究では,日本の各地域における感染症予防と制御に向けたWebベースの疾病地図の利用状況について,調査を行った.2. 感染症専門機関データの収集と構築 本研究では,日本全国の感染症専門機関および地方自治体のWebサイト調査を実施した.調査に先立ち,感染症専門機関および地方自治体のWebサイトのデータ収集を行い,専門機関のデータを構築した.対象となる専門機関および自治体数は82地方衛生研究所,552保健所,1,042医師会,1,977地方自治体である.3. 疾病地図の利用状況 Webサイト調査の結果,地方レベル以下の空間スケールにおける感染症情報を提供している機関・自治体は,332の専門機関および地方自治体のみであった.その内訳は,57地方衛生研究所,116保健所,108医師会,51地方自治体であった.サーベイランスの空間スケールは,一般に,専門機関や地方自治体の管轄に対応している.しかし,医師会は,郡および市の医師会レベル,市区町村レベル,公立学校区レベル,丁目および字レベル,学校施設レベル,病院および診療所レベルなど,さまざまなレベルで提供されていることが明らかとなった.疾病地図による可視化を行っている56の機関および地方自治体のうち,WebGISを使用しているのは3機関のみであり,htmlまたはPDFの画像形式によるものが中心であった. 東京都,愛知県,兵庫県,広島県など大都市を含む都道府県に位置する専門機関や地方自治体においては,保健所レベル以下のローカルスケールのデータを提供していることが明らかとなった.これらの地域に位置する自治体は中核市であることが多く,保健衛生に関する権限委譲に伴う機能の多様化が背景にあると推察される.4. まとめ 調査の結果,日本のローカルスケールにおける疾病地図・WebGISの活用事例は少ないことが明らかとなった.現状では,地図をリスクコミュニケーションに活用するというよりは,情報をWeb上に一方的に流している状態であるといえる.加えて,使用されている疾病地図は,地域特性を反映しているものが少ない.リスクコミュニケーションには,専門家と非専門家(地域住民)との対話が欠かせない要素になる.そのため,リスクコミュニケーションツールとしての対話型地図に関する議論が必要になると考えられる.
著者
荒堀 智彦
出版者
日本地図学会
雑誌
地図 (ISSN:00094897)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.2_1-2_16, 2017-06-30 (Released:2018-09-12)
参考文献数
19

“Disease map” is a thematic map describing geographical spread of diseases. Previous studies pointed out the importance of infectious disease information delivery using maps. However, few attempts have been done on the evaluation of the map use in epidemiological surveillance. The aim of this paper is to examine the current condition of utilization of disease maps in health crisis management, focusing on influenza regional surveillance in Japan.This study analyzed information collected by two methods. First, we carried out a survey of the websites of epidemiological surveillance in Japanese specialized agencies and local governments. We obtained data from 3,649 agencies and local governments, including 81 institutes of health, 551 health centers, 1,040 medical associations, and 1,977 local governments. We examined these websites by checking its quality of information, provisional form, and map usage. Second, we made the interview to the specialized agencies that delivered epidemiological information by with disease maps. Items of the survey are as follows: history of construction and management about surveillance system, user and utilization of regional surveillance, the effect of introduction and relationship with other surveillance, and new developments and future enhancements.Analysis of the websites revealed that health centers, medical associations and local governments delivered original information on infectious disease jurisdictional districts. Only 40 specialized agencies and local governments published disease maps on the websites, in which information was easy to understand in real time. In any case utilization of disease maps in regional surveillance has an effect of increasing reliability and speed of information delivery. These maps are browsed widely by not only specialist but also general public. In this way, some agencies built a health crisis management structure in territorial jurisdictions by utilizing the map. Hence, utilization of disease maps in regional surveillance can be useful for riskcommunication as a tool of sharing crisis management information between experts and local residents.
著者
荒堀 智彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

1. 研究の背景と目的<br>&nbsp;感染症流行の調査監視,防疫を行う際,流行状況や患者数の把握を目的として運用される感染症サーベイランスがある.日本では都道府県単位,保健所管轄区単位における広域な流行状況の把握を基本としているが,サーベイランスのみでは局地的な地域内伝播を把握することは難しい.また,重松・岡部(2008)ではサーベイランス情報には地域に関する情報が含まれておらず,ローカルな防疫戦略や,住民に提供する情報に付加価値を付与するためにも他の地理情報との結び付けが重要となると指摘している.<br>&nbsp;そこで荒堀(2013)では,和歌山県の学校施設における学級・学校閉鎖状況から,県内諸地域におけるインフルエンザの空間的拡散について,学校間距離による分析を行った.しかし,2009年9月以降を対象とした伝播のみを扱っているため,県外からの伝播経路の考察ができていない.また,インフルエンザはヒト同士の接触,移動によって感染が広がると考えられるため,環境要因として人々の行動範囲である生活圏を考慮する必要がある.和歌山県は全体の約81%が山間部で占められており,全市町村において,常住地における従業・通学者数が最も多い.そのため,生活圏内における伝播を分析することで,局地的な地域内伝播を考察することが可能であると考えられる.本研究では,2009年の新型インフルエンザパンデミックを概観し,県外からの侵入と局地的な地域内伝播について,生活圏との関係を考察することを目的とする.<br>2. 研究方法<b><br></b>&nbsp;本研究では国立感染症研究所と和歌山県による感染症サーベイランスデータ,および新聞記事資料を用いる.新聞記事資料からは,2009年シーズンにおける世界の流行状況と,サーベイランスから得ることが困難な学校施設以外の地域伝播に関する情報を抽出した.生活圏は流行シーズンに近い平成22年国勢調査従業地・通学地集計により,通勤・通学圏を生活圏として用いた.<br>3. 新型インフルエンザパンデミックと日本への影響<b><br></b>&nbsp;2009年の新型インフルエンザは,3月下旬のメキシコにおける発生を発端に,約1ヶ月の間に米国,英国,トルコなど40ヶ国・地域に急速に伝播した.流行開始直後に米国とメキシコのウィルスがA(H1N1)亜型と判定され,これを受けて世界保健機関(WHO)は6段階ある警戒水準をフェーズ5に引き上げた.最終的に6月には警戒水準をフェーズ6に引き上げており,ウィルスの感染力が強かったことがわかる.<br>&nbsp;日本においては,2009年5月上旬にカナダから成田空港に帰国した3名の感染が確認された.当初は成田空港検疫所の症例が,国内最初の症例とされていたが,国内流行開始後の調査で神戸市における発生が成田空港よりも先であったことが明らかにされている(谷口,2009).インフルエンザは潜伏期間のある感染症であるため,感染から発症までのタイムラグが関係していると考えられている.その後,5月下旬にかけて,近畿地方では兵庫県,大阪府で,関東地方では東京都から神奈川県,埼玉県で患者が確認された.和歌山県内においては和歌山市において5月下旬にハワイに渡航歴のある患者が1名確認され,7月上旬の山形県の発生をもって国内全都道府県の発生が確認された.<br>4. 和歌山県におけるローカルな伝播過程<b><br></b>&nbsp;2009年5月下旬に県内で初発例が確認された後は,6月下旬に橋本市においてタイに渡航歴のある患者が1名確認された.大阪府では6月下旬まで患者の増加が続いていたものの,和歌山県においては2例目の確認が初発例の1ヶ月後であったのは,和泉山脈を隔てた生活圏の分断の影響と考えられる.以後7月下旬までの患者数の増加は,和歌山県北部から大阪府南部への通勤・通学者から発生し,和歌山市と岩出市において高校生を中心とした集団発生が確認されている.北部の市町村のうち,和歌山市と岩出市は,泉佐野市などの大阪府南部への通勤・通学者数が多いことが要因として考えられる.7月下旬以降には和歌山市から約70km離れた田辺市において高校生の集団発生を発端とした感染者増加が確認されている.田辺市の事例は,初発患者が夏季のクラブ活動において田辺保健所管内を移動したことによる接触の影響が考えられているが,初発患者の感染経路は不明である.他の市町村では,9月以降に感染者の増加が確認された.以上により和歌山県へのウィルス侵入は関西空港を経由した渡航経験者から始まり,地域内伝播と生活圏については,北部は大阪府との通勤・通学,中南部は中心地から生活圏内の移動による影響が強かったと考えられた.<br>&nbsp;こうしたローカルな伝播過程は,荒堀(2013)による学級・学校閉鎖からみた和歌山県内の空間的拡散パターンの裏付けとなる.
著者
荒堀 智彦
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会秋季学術大会
巻号頁・発行日
pp.145, 2020 (Released:2020-12-01)

1. はじめに 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって、世界中で健康危機管理情報の配信が行われている.その中で、「インフォデミック(Infodemic)」という現象が発生し、インターネットとSNSの発達によって情報の拡散力が急激に高まっている.インフォデミックは、情報の急速な伝染(Information Epidemic)を短縮した造語で,2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行時に生まれ、正しい情報と不確かな情報が混じり合い、信頼すべき正しい情報を見失った状態を意味する.2009年のインフルエンザAH1N1pdmのパンデミックの際も同様に、インフォデミックによる社会的混乱が発生し、感染症情報のリテラシーに関する問題が指摘された.本発表では、日本における健康危機管理情報の課題を整理し、ポスト・コロナ社会における健康危機管理情報とリスクコミュニケーションに向けた課題を整理する.2. 感染症と健康危機管理情報 これまで、人類は多種多様な感染症のパンデミックを経験し、それらの撲滅や予防のために情報収集と配信を継続してきた.特に2009年のインフルエンザAH1N1pdmのパンデミック以降、リスクマネジメントとリスクコミュニケーションに関する議論が進められており、世界保健機関(WHO)は、2017年にインフルエンザリスクマネジメントに関する基本方針を発表した(WHO 2017).その基本方針の一部には、社会包摂的アプローチの導入が提案され、そこでは、空間スケールに関する言及もされた.感染症を撲滅するのではなく、いかにして予防・制御していくのかに重点が置かれ、日常的な備えとして、地域レベルに応じた効果的な情報配信とリスクコミュニケーション体制の整備が求められている.また、各地域レベルで、経済、交通、エネルギー、福祉などの各分野が協同でリスクマネジメントに取り組むことが明記されている.日本においては、厚生労働省と国立感染症研究所を中心とした感染症発生動向調査(NESID)が国の感染症サーベイランスシステムとして構築され、1週間毎の患者数や病原体検査結果が報告されている.しかし、NESIDで収集される感染症情報は、患者や病原体を報告する医療機関が限られており、速報性に欠ける欠点を持ち、地方レベル以下のローカルスケールにおける詳細な流行状況を知ることには適していない.3. 空間スケールに応じた情報配信体制の構築 NESIDによる感染症の調査監視体制は、各地方の保健所を最初の窓口とし、そこから地方衛生研究所、国立感染症研究所、厚生労働省へ伝達されていくピラミッド型の構造になっている.これは、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)に基づき、感染症類型や患者把握の手法を問わず実施されているものである.一部地方の臨床現場では、この構造から生じる課題を、2009年のAH1N1pdm後から指摘している.具体的な課題として、「情報配信の迅速性の欠如」、「詳細な流行状況の可視化」、「新しい手法・技術の導入」が挙げられる.これらの課題を克服するために、岐阜県や神奈川県川崎市などにおいて、ローカルスケールを対象としたローカルサーベイランスの導入が進んでいる.NESIDと異なり、上位機関へ情報を通すことなく、各専門機関が独自で住民に情報配信をすることで、上記の課題改善に繋げている.加えて臨床現場における診療対応に直接指示を出せるだけでなく、住民の危機意識を啓発させる効果がある(荒堀 2017).4. ポスト・コロナ社会のリスクコミュニケーション COVID-19を契機として、公的機関による情報配信だけでなく、民間企業や報道機関の参入も増えている.今後は、それらに加えてSNSによる新しい手法や、デジタル疾病地図の整備が進むと考えられる.前者はIndicator Based Surveillance(IBS)、後者はEvent Based Surveillance(EBS)と呼ばれる.IBSは,一定の指標に基づいて報告・評価するサーベイランス、EBSは公衆衛生事象の発生に基づくサーベイランスである.しかし、欠点としてIBSは想定外の発生を捉えることができず、EBSは、臨床診断に基づいていないため、リスク評価基準が定まっていないことが挙げられる(中島 2018).臨床現場においては、EBSの導入に賛同する声もあるが、臨床診断が無いことを問題視する指摘がある.先述のローカルサーベイランスは、専門機関の管轄地域内における臨床診断結果に基づいて、直接地域の医療従事者と住民に情報を還元できる利点を持っている.今後の普及に向けて、科学的根拠に基づくリスクコミュニケーションに向けた対話型地図の導入や制度の整備に向けた議論が求められる.