- 著者
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荒堀 智彦
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集 2020年度日本地理学会春季学術大会
- 巻号頁・発行日
- pp.205, 2020 (Released:2020-03-30)
1. 研究の背景と目的 グローバル化が進む現代社会において,世界各地で発生している新興・再興感染症の問題は,公衆衛生上の新たなリスクとなっている.インフルエンザについては,2017年に世界保健機関(WHO)がインフルエンザリスクマネジメントに関する基本方針を発表した.その基本方針の一部には,社会包摂的アプローチの導入が提案されている(WHO, 2017).そこでは,世界レベル,国レベル,地方レベル,コミュニティレベルの各レベルで,経済,交通,エネルギー,福祉などの各分野が協同でリスクマネジメントに取り組むことが明記されている.感染症を撲滅するのではなく,いかにして予防・制御していくのかに重点が置かれ,日常的な備えとして,各レベルにおける効果的な情報配信とリスクコミュニケーション体制の整備が求められている. 世界各国では,感染症の状況把握と分析のために感染症サーベイランスを運用し,サーベイランス情報を地理情報システム(GIS)に組み込んだ,Webベースのデジタル疾病地図の整備が進められている.加えて,それらのツールを利用したリスクコミュニケーションへの応用も行われている(荒堀,2017). 日本では,厚生労働省と国立感染症研究所を中心とした感染症発生動向調査(NESID)が国の感染症サーベイランスシステムとして構築され,1週間毎の患者数や病原体検査結果が報告されている.しかし,NESIDで収集されるインフルエンザ情報は,報告する定点医療機関が5,000と限られており,全国における流行の傾向を知ることには適しているが,地方レベル以下のローカルスケールにおける詳細な流行状況を知ることには適していない.そこで本研究では,日本の各地域における感染症予防と制御に向けたWebベースの疾病地図の利用状況について,調査を行った.2. 感染症専門機関データの収集と構築 本研究では,日本全国の感染症専門機関および地方自治体のWebサイト調査を実施した.調査に先立ち,感染症専門機関および地方自治体のWebサイトのデータ収集を行い,専門機関のデータを構築した.対象となる専門機関および自治体数は82地方衛生研究所,552保健所,1,042医師会,1,977地方自治体である.3. 疾病地図の利用状況 Webサイト調査の結果,地方レベル以下の空間スケールにおける感染症情報を提供している機関・自治体は,332の専門機関および地方自治体のみであった.その内訳は,57地方衛生研究所,116保健所,108医師会,51地方自治体であった.サーベイランスの空間スケールは,一般に,専門機関や地方自治体の管轄に対応している.しかし,医師会は,郡および市の医師会レベル,市区町村レベル,公立学校区レベル,丁目および字レベル,学校施設レベル,病院および診療所レベルなど,さまざまなレベルで提供されていることが明らかとなった.疾病地図による可視化を行っている56の機関および地方自治体のうち,WebGISを使用しているのは3機関のみであり,htmlまたはPDFの画像形式によるものが中心であった. 東京都,愛知県,兵庫県,広島県など大都市を含む都道府県に位置する専門機関や地方自治体においては,保健所レベル以下のローカルスケールのデータを提供していることが明らかとなった.これらの地域に位置する自治体は中核市であることが多く,保健衛生に関する権限委譲に伴う機能の多様化が背景にあると推察される.4. まとめ 調査の結果,日本のローカルスケールにおける疾病地図・WebGISの活用事例は少ないことが明らかとなった.現状では,地図をリスクコミュニケーションに活用するというよりは,情報をWeb上に一方的に流している状態であるといえる.加えて,使用されている疾病地図は,地域特性を反映しているものが少ない.リスクコミュニケーションには,専門家と非専門家(地域住民)との対話が欠かせない要素になる.そのため,リスクコミュニケーションツールとしての対話型地図に関する議論が必要になると考えられる.