著者
杉本 興運 小池 拓矢
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

空間現象を扱う地理学では、観光者の行動に関する理論的・実証的研究として、とりわけ移動や流動といった観光者の空間行動の諸側面を関心の中心でとしており、これまで観光者の行動パターンの探索や類型および規定要因の解明などを通して、理論構築や実証分析が積み重ねられてきた。特に観光者(発地)と観光対象(目的地)双方の空間関係に着目し、「距離」による影響を明示的に分析基軸やモデルに取り入れることが多い。その場合、マクロ視点では「居住地と目的地との距離(以後、旅行距離と呼ぶ)」が主な着眼点となり、これまで旅行距離によって観光者の性格や旅行形態が変化するという同心円性の存在が仮定・実証されている他、観光行動の周遊パターンの様々なモデルが開発されている。本研究は、2013年6月の世界遺産登録を受け、今や国際的な観光地としての認知度が高まった富士山麓地域を事例に、着地ベースで観光者の旅行距離と観光行動との関係を検討する。より具体的には、富士山麓地域での観光の核である富士北麓を中心とした観光者の旅行形態や空間行動の特徴を、旅行距離の違いから明らかにする。また、世界遺産登録という大きな社会的インパクトが、観光行動に与えた影響についても検討する。<br> 本研究では、富士山麓地域の観光において圧倒的多数の国内個人旅行者の行動データを取得するために、現地での質問紙調査を行った。この質問紙には観光者の旅行形態および活動(訪問順序など)についての項目が含まれる。さらに、昨今重要な話題である世界遺産登録に関する項目も追加した。調査場所は道の駅富士吉田で、調査日は2014年8月12、13、14日のお盆休み(観光者が年間を通して最も多く来訪する8月の休日)の期間である。調査の結果、194グループ分の有効回答を得られた(ただし活動データに関しては93グループ分)。今回は大きく旅行形態と空間行動の2種類に関する分析を行った。旅行形態に関しては、各項目を旅行距離帯別にクロス集計し、旅行距離によって項目内の各カテゴリー出現頻度がどのくらい異なるのかを分析した。本研究では旅行距離を居住地から河口湖までの距離として算出している。さらに、各カテゴリー間の関係を、距離を含めて数量化するために、多重対応分析によるパターン分類を行った。空間行動に関しては、各距離帯におけるトリップの空間分布、トリップ数に関する基本統計量の算出、観光対象分布の標準偏差楕円の算出、代表的な周遊ルート事例の抽出の、計4種類の分析を行い、その結果を総合した。世界遺産登録の観光行動への影響に関しては、調査データから得られた構成遺産を巡る周遊ルートの事例や既存の調査報告書の結果を組み合わせ、検証した。<br> 富士山麓地域での開発と観光の歴史をふまえ、本研究の結果について、以下に簡潔に述べる。富士山麓地域での観光は、江戸時代の富士登拝から始まり、その後の交通整備や観光開発の進展によって大衆化した。現在では、富士五湖を中心とした回遊・滞在型観光や観光施設でのレジャー活動など、主に首都圏の大都市居住者の多様なニーズに応える観光地域として機能している。現在の顧客層の中心であるマイカーを利用した国内個人旅行者は、自然景観の体験を富士山麓観光における共通の目的としながらも、旅行距離によって属性や旅行形態および空間行動が特徴づけられている。例えば、近隣居住者では日常的余暇活動を目的とした日帰り旅行が多く、遠方から来訪した観光者には定番の観光スポットを巡る宿泊型の旅行が卓越する。さらに、最近では世界遺産登録という社会的インパクトによって、より遠方の地域、つまり国外に住む外国人からの観光需要が一層高まると共に、構成遺産を中心とした観光圏の整備や周遊ルートの開発などが行われ、富士山麓地域における観光者の属性や行動がさらなる変化を遂げる兆しをみせている。

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