- 著者
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畠山 輝雄
- 出版者
- 公益社団法人 日本地理学会
- 雑誌
- 日本地理学会発表要旨集
- 巻号頁・発行日
- vol.2017, 2017
<b>1.はじめに</b><br> 近年,多くの地方自治体において,公共施設等の名称を売却して資金を獲得するネーミングライツ(以下,NR)の導入が増加している.わが国の公共施設では,2003年の東京スタジアムにおいて導入されて以降,増加の一途をたどり,2017年1月現在で約150自治体,約330施設に導入(が決定)されている.最近では,自治体名称を売却しようとした泉佐野市や,国立競技場への導入が報道されるなど,NRの認知度が上昇してはいるものの,一般的にはまだ認知度が低いのが現状である.<br> その一方で,NRにおいては,法制度的に確立したものがなく,これまで自治体の裁量によってNRの導入や施設の愛称決定がされてきた.畠山(2014)によると,NRに関して議会承認をした事例は7.5%,アンケートや住民説明会などの住民への合意形成を図った事例も13.0%にとどまっており,多くは行政内の選定委員会が最終決定機関となっている.しかしながら,前述したNRの認知度の低さも影響してか,NRの導入や愛称決定に際して住民や施設利用者等から反対運動などが起きた事例は渋谷区宮下公園などわずかである.<br> このような中で,2016年7月頃からNRの導入が検討され,同年10月に京セラ(株)への売却が決定した京都市美術館においては,議会,出展者団体,周辺住民団体が反対運動を起こし,さらに別の出展者団体がNRの導入への賛同を示すなど,NR導入に際する合意形成に苦慮している現状がある.<br> そこで本報告では,関係者へのヒアリングから,京都市美術館へのNR導入における関係者間の対立構造を明らかにし,NR導入における合意形成のあり方を提示したい.<br><b>2.京都市美術館へのNR導入に関わる動向</b><br> 京都市では,2009年の西京極総合運動公園野球場への導入以降,11件の公共施設へNRを導入する実績を持っていたこともあり,老朽化に伴う美術館の再整備の資金を獲得することを目的としてNR導入を検討した.市当局によって募集要項が作成され,50年間50億円の契約を目安に2016年9月に公募が行われた.また,契約には施設名称売却以外にも,施設の優先利用権,展覧会の特別観覧権などの付帯権利も含まれた.<br> 募集期間中には,市議会において公共の美術館への企業名称の付与がなじまないことや,NRの案件に関して議会が関与する権限がないことに対して異論が出され,その後10月には美術館の再整備に関する費用やNRも含めた捻出方法について市議会と議論を行うよう,「京都市美術館の再整備に関する決議」を全会一致で提出した.<br> また,美術館が立地する岡崎地域の住民による「岡崎公園と疎水を考える会」も,多くの芸術家が愛着を持ち,世界の美術館からの信頼を得る京都市美術館の名称を企業に売却することは恥として,9月にNR売却を撤回する請願書を683名の署名とともに,市議会に提出した.この行動は,美術館に隣接する京都会館にもNRが導入されたことにより,岡崎公園周辺の景観が変化したことも要因となっていた.また,京都市内で活動する芸術家36人によって発足された「京都市美術館問題を考える会」も,作品寄贈者への冒涜として,住民団体と協力して署名や市役所への抗議をした.さらに住民団体らは,NRを購入することとなった京セラへも撤回を要請する動きを見せている.<br> その一方で,12月には京都府内を拠点とする芸術家12人が市長と面談し,作品を発表する場が必要としてNR導入に賛同する激励文を渡す動きもあり,住民や芸術から関係者間での賛否両論がみられる.<br><b>3.おわりに</b><br> 京都市美術館へのNR導入に関する対立構造は,美術館ないしは岡崎公園という「場所」への認識の違いが生じさせたといえ,その場所に表象される名称の変更がその対立の起因となったといえる.<br> 現状では,NRに関しては法制度的に確立したものがない.このため,各自治体においてNRに関して議会承認を要する条例制定や,愛称ではなく正式名称として公共施設の条例を変更する議会承認を経ることで,合意形成を図る必要があろう.<br>